世界樹の迷宮X妄想マスタリー雑記 3周目 赤髪の暗殺者

思い付きでつづる妄想マスタリーも3周目ですのん

Ⅲ 抗体と病原菌

枯れ果てた森を更に下層へと進むメイ達を、亜人のモリビトを模した抗体と呼ばれる化け物が遮る。本来であればこれまでの迷宮に生息した魔獣や魔物よりも一段も二段も上の力を持っている。しかし不思議と恐ろしさは感じなかった。当然油断は出来ない、しかしそれ以上に自らの内から湧き出る得体のしれない歓喜が勝った。

「なんだろう、久しぶりに楽しいね」

メイはぼつりと呟いて、抗体の群れに短剣を投げつけ、素早く切り込み、その腕を足を紙のように切り刻んでいく。抗体が武器を振り下ろすより先に腕を落とし、間合いに入るよりも先に足を刎ね、放った短剣は正確に眼球を貫いた。抗体が遅いのではない、メイの技がそれ程までに冴えていたのだ。

相手が化け物でも人間の姿をしていれば、こうも戦い易いのか。メイは自分の技の切れを確信しながら、鞭を振りかざした抗体の首と胴に刃先を滑らせ、瞬時に3つに分割した。

「すごいな、今日のメイ殿は」

「そうだな、キレッキレだなあ」

ロザリーは次々と抗体を潰していくメイを眺めながら、まるで組織で手を汚していた頃に戻った様な戦い方に不安を覚えていた。最近はすっかり人間性を取り戻してきたメイが、また技量と精度だけの機械に逆戻りするのではないか。そう思うと、今の目の前の姿は喜んではいけない、そんな思いを抱えていた。

しかし、ここまで技が切れている状態だと、変に声をかけて調子でも崩すと、そのまま雪崩のように身を滅ぼす危険性もある。ロザリーは何も言えずに、ただひたすら抗体を刈り続けるメイを眺めていた。

 

やがてメイ達の前にブロートとペルセフォネ姫が姿を発見した。

「なかなかしつこいね、赤蛇の旅団」

ブロートは苦笑しつつも、その表情には焦りが見える。どうやら枯レ森の中で追いつかれたのは、敵からしても予想外だったのだろう。

「ヒトよ! 歩みを止めよ! 貴様らが神殿に行くことは許さぬ!」

ヨルムンガンドの封印が解かれるのが、そんなにも怖いのか?」

ブロートの言葉に、モリビトの青年が表情を変える。

「彼女はレムリアの血族さ。彼女を神殿に連れて行けば、ヨルムンガンドは復活する!」

どうやらペルセフォネ姫がヨルムンガンドを蘇らせる鍵となるようだ。メイは腰に手を伸ばして、短剣を数本抜き、身体を捻ってペルセフォネ姫に目掛けて放つ。

「捨丸!」

エンリーカの言葉の直後、捨丸が刀を振るって短剣を払い落とす。

「メイ、何やってるのよ!」

「え? だって姫が鍵になるんでしょ。だったら姫を連れていけなくすれば、それで解決するじゃない」

真顔で答えるメイに、エンリーカは言葉を失う。これまでエンリーカから見たメイは、自己主張や言葉数こそ控えめなものの、思いやりがあって気が利いて、常に冷静に事態を判断出来る人間味のある少女だった。それが今目の前でメイの形をしているものは、微かな情報だけで事態を捉えて、反射的に収束させようとするだけの、血の通わない機械のようにしか見えない。

「感謝しますよ、エンリーカ王女」

その隙にブロートが鈴を鳴らして、扉の奥へと姿を消す。

「ほら、逃げられたじゃない。まったく、どいつもこいつも」

メイは投げやりな溜息を吐きながら扉を開く。神々しく輝く巨大な鳥が、走り抜けるブロートとペルセフォネ姫を見逃し、明確な敵意を以てこちらを見据えている。

「イワオロペネフ、あの霊鳥まで支配下に置いていたのか! 気を付けたまえ、あれは単体でも強力だが、周囲の魔物と連携して襲ってくる。可能な限り視界外から近づくのだ!」

「地形は?」

メイがモリビトの青年に即座に問い掛ける。

「だから、地形は? 早く答えてよ」

「ああ、イワオロペネフへの道は正面、左右の3つだ。左の道は抗体が徘徊しているが数は少ない。右の道は動かない見張りがいるが数が多い」

「じゃあ、右からにしようか」

メイは右の通路へと走り、ロザリー達がすぐに後を追う。

見張りの抗体が視界に入った瞬間、メイは短剣を投げつけて視力を奪い、怯んだ隙を突いて頭を刎ね飛ばす。残り2体も同様の手で潰した。

「翼は腕、爪は足、嘴は頭、そう考えたら手頃な獲物じゃない」

メイはにやりと顔を歪めて、物陰からタイミングを見計らってイワオロペネフの背後を襲撃する。これまで異常に不気味で醜悪な姿の分身体を作り、自ら巨鳥の背中を駆け上がって目を潰し、分身体が真下から喉を貫く。

もはや騒音でしかない叫びを上げて墜落する巨鳥を分身体が更に切り裂き、メイは目に突き刺した剣を引いて、そのまま頭部を分断した。

「ヒトとは恐ろしい力を持つものだな」

「おい、モリビト。まだ終わっちゃいねえぜ」

ロザリーが剣を構えて、絶命した巨鳥に近づいていく。

「メイ! ちょっと降りてこいよ!」

「何?」

「何、じゃねえよ。さっきのペルセフォネに短剣投げたの、ありゃなんだ? お前、ふざけてんのか?」

ロザリーがメイを見上げて、指を前後に動かしてメイを呼ぶ。

メイもその様子に短剣を身構えて、巨鳥の上から跳躍して、羽根のように軽い動きで地面に着地する。

「私達の流儀だと、あれが正解でしょ」

「あれは組織のやり方であって、おめえのやり方じゃねえんだよ。やり方を間違った馬鹿な妹は、姉がちゃんと怒ってやらねえとなあ」

「いいけど、今、手加減出来ないよ」

「いつからあたしに手加減できるくらい偉くなったんだ」

ロザリーは剣を横に払ってメイに斬り掛かる。それを邪気を纏った短剣で受け止めた瞬間、メイはもう片方の手で腰の短剣を抜き、ロザリーの残った左目に向けて投げつける。頭を下げて短剣を躱し、外套を囮にしてメイの視界を塞いだロザリーは、そのまま剣を突き込んで外套を貫き、そこで剣から手を放して側面に回り込む。外套から飛び出た剣に意識を集中させられたメイは、わずかに反応が遅れ、ロザリーの拳を思い切り喰らってしまう。

しかしメイを襲ったのは拳ではなく、強烈ではあるが手心を加えられた平手だった。

頭を揺さぶられて目を回すメイをロザリーが抱えて、

「分身体を出して消耗してるくせに、あたしに勝てると思ったんだろ。その時点で今日のお前はあたしに勝てねえんだよ。もっと頭を使え。最善の手を考えろ。こっちに来てからずっと、そうやってきただろ。わざわざ頭の悪い、クソ間抜けな組織の流儀に戻ることねえんだよ」

耳元で怒鳴りつけて、メイを地面に座らせる。

「悪いな、もう大丈夫だ」

メイは憮然とした表情でロザリーを見上げる。

「どうかしたか、隊長?」

「ロザリーに頭悪いって言われると思わなかった」

ロザリーが笑いながらメイの頭を撫で回し、そのままぐらぐらと頭を揺らし、ゆっくりと地面に突き飛ばす。

「ロザリー殿が大丈夫、といったからにはもう大丈夫なのでしょう。今日のメイ殿は強いが様子がおかしかった。それだけですよ」

二人の様子を見守るエンリーカに、捨丸が声をかける。戦う者には確かにそういう、いつもと何かが違う時がある。たまたまそういう日だったのだ。そう続けて説明し、エンリーカはこれまでと同じ印象を感じさせるメイを見つめていた。

 

メイ達は一旦二手に分かれた。マギニアに帰還するメイとロザリー、アリティ、駐屯地へと戻る捨丸とエンリーカ。そして道中で依頼主と合流するジプシー。

駐屯地とマギニアの中間地点に位置する海岸線に数隻の船が泊まっている。海の一族のものではあるが、エンリーカ達とは別行動をしていた隊のものだろうか、水兵の消耗が激しく、皆一様に疲れ果てた顔をしている。

その船の中から目を疑うような赤い髪の集団が降りてくる。赤い髪に赤い瞳、まるで姿を変える前のメイを彷彿とさせる特徴的な赤が、十数人。その中心にいる年の頃三十前後の赤い長髪の男と、それよりはもう少し若い同じく赤い髪の女。

「メイ隊長、彼らがあたしの依頼主、傭兵国ライデンの連中だよ。ライデンの傭兵部隊に、真ん中にいるのが若くして王の座を奪ったヘルムート様、その横にいるのが傭兵隊長のペトラ殿」

「あれがライデンの連中ねえ。メイの親戚って言われても、疑う余地がねえくらい真っ赤だな」

「あたしはちょっと報告に行ってくるよ。なあに、あたしも組織の人間だ、メイ隊長の悪いようにはしないさ」

そう言い残してジプシーが海岸線へと走っていく。

メイは少し前の自分とそっくりな赤い髪を眺めながら、どうにも嫌な予感が拭えず、力が抜ける様な吐息を漏らした。

Ⅲ 蟻と水兵

再び枯レ森に向かう為、メイ達は捨丸とエンリーカを迎えに駐屯地へと向かった。

「メイ殿、エンリーカ様なら今、モリビトに関する文献を調べている。亜人の言っていたモリビトの抗体、それの対処法があるかもしれない、と昨日からな」

エンリーカは突入前に抗体への対処法を考えることにしたようだ。となれば、エンリーカが何か見つけるまで待つべきだろう。メイとしても準備無しに抗体に挑むのは避けたかったので、こういう待ち時間は願ってもないところだ。

しかしただ待つのも時間がもったいない。抗体はモリビトを模した姿をしている、戦い方も自ずと人間に近くなる、かもしれない。メイと捨丸は木剣を手に組手をして時間を潰すことにした。

しばらく汗を流していると、アーテリンデが顔を出す。

「あなた達を探しにマギニアまで行こうか悩んでいたところなんだ。突然で申し訳ないけど、お願いがあるんだ」

アーテリンデが言うには、彼女は樹海の探索に集中するエンリーカに代わって水兵の管理を任されているが、中には新参者の彼女を認めずに勝手に行動する連中がいて、手柄を焦るあまり最近見つかった巨大な蟻塚へ向かったまま帰らない部隊がある。その救出を手伝ってほしい、ということだ。

「いいよ。ちょうど時間もあるしね。待ってて、ロザリーとアリティを呼んでくる」

「そういうことなら私と武士団も行こう」

 

アーテリンデと共に向かった蟻塚は、蟻塚と思えない程に巨大で、一見すると泥と岩で作られた山に見えた。中は鍾乳洞のように岩が吊り下がる洞窟となっており、中には人の半分ほどの大きさの巨大な蟻が跋扈している。これほどまでに大きな蟻塚、中にいる女王蟻がどれほど巨大な個体なのか、メイ達には想像することも出来ない。

が、海の一族の水兵が中にいる以上、危険を承知してでも進まねばならない。

「早く見つけてあげないとね」

メイが異臭の充満する洞窟内で、静かに呼吸を整える。鼻を刺すような悪習だが毒ではない、蟻塚を固めるための糞尿と泥が混じった臭いだ。

「とっとと片付けようぜ、臭くてしょうがねえ」

ロザリーが鼻を摘まみながらメイとアーテリンデを急かす。

捨丸達も同行者が決まったらしく、今回は狙撃の出来るシャレコウベが同行する。カイナと御太刀は入り口付近で陣を張り、水兵と本隊が入れ違いにならないように待機することになった。

蟻は一部凶暴なものもいるが、基本的には個体の強さはそれほどでもない。外殻は金属のように強固だが、それでもメイの短剣やロザリーが新たに手に入れた魔剣を防げるような硬さではない。

以前目にした時よりも更に強さを増したメイ達に感心しながら、アーテリンデも後方から傷を癒し、時に奇襲してきた蟻を巫剣で払い退ける。

これなら水兵を見つけるまで時間もかからないだろう。メイは後方の安心感から気が緩みそうになるが、すぐに気を引き締め直し、目の前に現れた蟻の群れを毒を塗った短剣を投げて一掃する。

「メイ殿、前方に何かあるぞ」

捨丸が弓を構えて、前方に現れた塊を注視する。すると柔らかそうな物体が破れて、中から新しい蟻が生まれる。どうやら蟻の卵のようだ。

「潰しておくべきね」

「承知した!」

捨丸が火矢を放って卵を焼き払う。同時にシャレコウベも別方向に銃弾を放ち、蟻の卵を撃ち抜いた。側面を貫かれた卵は簡単に萎んで崩れ、そのまま地面に解けて消えた。どうやら卵から生まれる蟻は強固だが、卵そのものは脆弱なようだ。

「卵を産むのは女王蟻だろ。だったら卵を辿っていけば女王のところまで案内してもらえるんじゃねえか」

そして、その道中に水兵がいるかもしれない。

メイ達は卵を壊しながら、その位置から女王の進路を予測し、半ば迷宮に等しい蟻塚を着実に進んでいく。

しばらく進むと、水兵の一団が怪我の治療をしながら座り込んでいた。

「見つけた! 君達、なに勝手なことをしてくれてるの!」

「アーテリンデさん、どうしてここに」

アーテリンデは自分達が水兵の救出に来たことを告げて、彼らが帰ってこない理由を問い質した。どうやら水兵を率いていた隊長がこの先で魔物と戦い、命を落としてしまった。隊長の仇を取るまでは戻るわけにいかず、しかし蟻の群れに阻まれて進むことも出来ないでいる。

「隊長さんの仇はあたしが取る。だから、君たちは駐屯地に戻るの」

「しかし」

エスバットのアーテリンデの力を思い知らせてあげるわ」

アーテリンデの瞳にただならぬ殺気が宿り、それを見た水兵は思わずたじろぎ、言われるがままに帰ることにした。自分達よりも数段格上の実力者の殺気、それも代わりに仇を取ってくれると言っているのだ。逆らうほど彼らも愚かではない。

水兵を御太刀とカイナの下へと誘導し、メイ達は更に奥へと向かった。最深部は巨大な空洞になっており、その中央には女王蟻と思われる巨大な蟻がいる。あれが水兵の隊長の仇だろうか。

「間違いない。ちらっとだけど、あいつの鎌に、水兵の部隊章が引っかかってるのが見えた」

アーテリンデが目を凝らして女王蟻の前腕部の鎌を睨み、そこに引っかかった部隊章を確認する。しかし殺気が伝わったのか女王蟻は体勢を変えて逃げに徹し、見る見るうちにメイ達から遠ざかっていく。

「アーテリンデ、挟み撃ちにしよう」

メイの作戦は、逃げる女王蟻をメイ達が追いかけ、進行方向を予測してアーテリンデが先回りして逃げ道を潰し、途中で有む可能性のある卵はシャレコウベが狙撃して破壊する、というものだ。

メイ達が女王蟻目掛けて全速力で追いかける。同じく全速力で逃げる女王蟻の動きを観察したアーテリンデが、予備動作から左右どちらに進むかを予測して、道を塞ぐように立ちはだかる。それを何度か繰り返すうちに細い路地と化した場所まで追い込み、挟み撃ちに成功した。あとは女王蟻がどちらに向かってくるか。アーテリンデひとりでは流石に荷が重い、しかしその場合は背後から奇襲をかける事が出来る。反対にこちらを向いてくれれば、背後からアーテリンデが巫剣を打ち込める。

どちらにせよ女王蟻は詰んでいる。メイは分身体を作り出し、猛毒を塗布した短剣を勢いよく投げ込み、一方で分身体を懐に飛び込ませる。アリティと捨丸が支援するように次々と矢を番え、ロザリーはじっくりと機を伺う。

女王蟻が分身体を叩き潰した瞬間、仕込んでいた火薬が爆発し、その前腕を吹き飛ばす。それを合図にロザリーが頭を、メイが隙だらけとなった腹部を、アーテリンデが巫剣を解放してがら空きの背中を狙う。特にアーテリンデの猛攻は凄まじかった。森羅万象と名付けられたその技は、女王蟻の背中を無慈悲に何度も切り裂き、都合16回、最大火力の巫剣を打ち込まれれば如何な強靭な魔物も耐えられるものではない。崩れ落ちる女王蟻の頭を撥ね飛ばし、腹部を貫き、その命を刈り取った。

アーテリンデは魔物の死体に近づき、部隊章を回収し、そこで張りつめていた気が緩んだのか、それとも先程の技の代償か、よろけてバランスを崩し、メイに支えられる。

「さっきの技はね、本来意識を失うくらい消耗が激しい技なんだ。巫術を完全に制御できるようになったおかげで意識は保てるけど、体の方はやっぱり正直だね」

アーテリンデはメイの肩に体重を預けて、改めてメイの姿を見下ろす。

「それにしても、随分と変わったね。髪もところどころ白いし、あ、光が当たると白くなるのか。それに目も片方色が変わって、顔色も悪そう。大丈夫なの?」

「うん。体調は問題ないけど、こうなった理由はよくわからない」

「不思議なこともあるのね」

メイはアーテリンデを支えて蟻塚を脱出し、海の一族の駐屯地へと帰還した。

駐屯地ではジールとゴンザロが水兵を代表してか深々と頭を下げて、山のように積まれた魚を食べるように促した。

「すまなかったな。今日は俺達のおごりだ、存分に食ってくれ」

メイとロザリーは顔を見合わせ、有り難く魚を頂くことにしたが、すでに捨丸達4人が手を伸ばし、山のようにあった魚が半分ほどまで減っていた。男二人もそれほど大柄でもなく、捨丸もどちらかというと華奢な体格で、カイナに至ってはメイよりも頭一つ小さい。一体どこにこれだけの量が入るのだろうか。

「メイ殿、早く食べないと無くなってしまうぞ」

「そう思うなら、少しは手加減してよ」

メイは魚に齧りつく捨丸を窘めながら、塩気の利いた揚げた魚に手を伸ばした。

Ⅲ ふたりの襲撃者と地の底に眠る世界蛇

再び亜人モリビトの村を訪れると、村の中は静まり返って傷ついたモリビト達が横たわっている。先に到着したエンリーカと捨丸がまだ息のあるモリビト達の手当てを行い、東夷の武士団とロカ族も村中を駆け回って負傷者の治療にあたっている。

エンリーカはメイの姿に気づき、緊張に顔を強張らせたまま話しかけてくる。

「モリビトの村が男女二人組の人間に襲われたらしいの」

「ブロートとペルセフォネ姫だよね、多分」

「そうよね、私もそう思うわ。だけど、その男は金属鎧を身につけ、鋭い剣技でモリビトを攻撃したそうよ。私が知るブロートとはイメージが違う気がするんだけど」

確かに自分達が何度か遭遇したブロートは剣こそ提げていたものの、胸当てに近い軽鎧を纏った、どちらかといえば身軽な姿が印象的で、重厚な金属鎧を着る様なイメージはない。それにかつて海底の迷宮で無様に棍棒を打ち込まれた間抜けな姿からも、勇ましく剣を振り回すのは確かに別人のようではある。

「しかしエンリーカ様、ブロートとマギニアの姫はモリビトを襲い、枯レ森と呼ばれる樹海に向かったのです。あの男はやはり油断なりません」

捨丸がエンリーカに印象よりも事実に重きを置くように忠告し、更にメイにも問い掛ける。

「メイ殿。ペルセフォネ姫とはどのような人物なのだ? 私はマギニアの軍人は迷宮で出会った衛兵とミュラーという男しか知らないが、いきなり亜人の村を襲撃するような者達ではなかった」

「姫のことは正直あまり知らないけど、私が受けた印象は典型的なお人好し、世間知らずの御姫様が背伸びをしている、そんな印象よ」

「少なくとも亜人の村を襲撃する前に、そいつらと話し合いをしそうなタイプだな」

メイとロザリーの答えを聞いて、捨丸はエンリーカの方に向き直り、ペルセフォネ姫が正気を失っているか、ブロートに操られている可能性が高いと告げた。メイもそこに関しては同意見で、あの姫がミュラーや衛兵に何も告げずに何処かへ行くはずがない、操られているのは間違いない、そう考えていた。

 

迷宮「枯レ森」、寂しげに枯れ果てた森が広がり、朽ちた枝葉が硝子化して細かい砂粒となり、積み重なって地面を覆う、不毛な大地を絵に描いたような場所だ。砂から飛び出してくる強靭な獣に、枯れ果てた樹木そのものが魔物と化し近づいた者を喰らう死の臭いを漂わせる森、時折見かける石化した衛兵や冒険者らしき人間の姿。

その延々と続く死と砂の果てに、メイは3人の人影を捉えた。軽鎧姿のブロートに虚ろな目をしたペルセフォネ姫、ふたりと激しく言い争うモリビトの青年。

「邪魔しないでくれないか、僕にはヨルムンガンドが必要なんだ」

「ヒトよ、知っているか? あれは破壊を司る生き物だ、あれがヒトの役に立つことはない」

モリビトの青年の言葉を正しいとするならば、秘宝はかつてメイが危惧したように単純に繁栄や恵みをもたらすものではなく、破壊を用いてレムリアを守護する生物らしく、古代レムリアが滅びたのも世界蛇ヨルムンガンドの扱い方を間違えたからだろう。

「知っているとも。だがね、その破壊の力こそが僕の計画、国を繁栄させる力となるんだ!」

ブロートは秘宝の正体を知っているらしく、破壊をもたらす物とわかっていて、それでもなお世界蛇を手に入れようとしている。彼がどういう使い方をするのか不明だが、確かに使いようによっては繁栄をもたらすことも出来る。大きな力とはそういうものだ。組織も飢えるしかない不毛な孤島を、他国まで人を送り込み、手を汚すことで相応の利益と豊かさを手に入れてきた。

「世界蛇ヨルムンガンド。傭兵王なら喉から手が出るほど欲しがりそうね」

「ジプシー、あなたも来てたの?」

「護衛も任されてるって言ったでしょ」

最小限の小声で交わしていたものの、その遣り取りが聞こえたのか、気配が伝わってしまったのか、ブロートがメイ達に視線を投げかける。

「赤蛇の旅団、それにエンリーカ様。追いつく者がいたら君達だと思っていたよ」

メイがブロートの傍らに立つペルセフォネ姫に目を向けるが、先程から一向に喋ろうともせず、まるで自我を失ったかのように黙っている。

「安心しろ、少し僕の言葉に従順になってもらっただけだ」

ブロートは鈴を取り出して、メイにエンリーカにモリビトの青年に見せつける。

「僕は生物を自由に操る呪言を習得していてね」

どうやらあの鈴がペルセフォネ姫を操る触媒となるようだ。ならば鈴を奪うか壊すかしてしまえばいい。この距離なら投刃も十分に届く。手首から先を斬り落として、鈴ごと奪ってしまえばいい。鈴そのものを狙うことも出来るが、投げつけた短剣で確実に壊せるとも限らない。やはり手首を狙うべきだ。

メイはゆっくりと腰に手を伸ばし、数本の短剣を指に挟む。しかし投げる前にブロートが鈴を鳴らし、丁度メイ達との中間地点に砂の中から魔物を呼び出した。

「一つ言っておく、すべては人類、そして世界の為だ。生きて帰れたら、その亜人から詳しく聞くといい」

そう言い残して、ブロートは森の奥へと走っていく。メイは弧を描く軌道で短剣を投げたが、距離が開きすぎていた為か、ブロートの髪を掠めるに終わった。

追撃を掛けたいが、その前に眼前の巨大な魔物を始末しなければならない。巨大な4本の腕に怪しく光る瞳、鱗に覆われた巨大な蛇の様な身体。

ホムラミズチに続いて、また蛇の怪物か。メイは集中して自分と瓜二つの分身体を作り出す。竜牙兵でも構わないが、モリビトの見ている前ではこちらの方が警戒が必要以上に強まらずに済むだろう。

ジプシーが二丁拳銃を連射して弾幕を貼り、アリティーが着弾時に花火のように炎を撒き散らす特殊な矢を放つ。ロザリーが外套を囮にして怪物の頭に剣を突き立て、さらに捨丸が新たに習得した弓矢を合図に全員が一斉に追撃に転じる。

怪物は協力ではあったが、ホムラミズチ程の脅威はない。怪しく輝く目を潰し、4本の腕をメイと分身体が2本ずつ斬り落としたところで、魔物は力尽きて砂へと還る。

モリビトの青年は驚きの声を上げながら、難しい表情を浮かべる。

亜人の青年が言うには、枯レ森には森そのものを守るための抗体が存在し、複写されたモリビトが命を奪ってでも侵入者を排除するらしい。しかし抗体はモリビトか否かの区別しか出来ず、その者の立場や事情などお構いなしに襲ってくるそうで、青年はメイ達に助けられた恩もあって、すぐに森から出るように警告してくる。

「その前に秘宝と、この島にある遺跡について教えて」

エンリーカが青年に問う。ブロートと青年が全く別の物について話しているようにエンリーカには聞こえたようで、彼女の中で繁栄をもたらす秘宝と世界蛇が、同じ線の上で結びついてくれないらしい。

「この島に眠っているのはヨルムンガンド世界樹の力で繁栄したヒトが生み出した地上最悪の生物だ。あれは貴様たちが望むような財宝ではない」

モリビトの青年の言葉にエンリーカは顔を曇らせる。海の一族を統べる王女として、これまで繁栄をもたらす秘宝を夢見て頑張ってきたのだ。気持ちはよくわかる。メイも正直なところ、秘宝を手に入れるかどうするか決めかねていた。

「それと遺跡だが、ヨルムンガンドを封じるための神殿の事か? それならば枯レ森を抜けた先にあるが、先に告げた通りだ。抗体が侵入者を排除してくれるだろう」

「本当に?」

エンリーカがモリビトの青年に問い返す。

「ブロートは鈴を使って巨大な魔物も従えたわ。モリビトを模した抗体でも操られるかもしれないじゃない」

その言葉に、モリビトの青年は眉をしかめる。先の魔獣バジリスクは本来は侵入者を排除するための仕掛けであった。しかしブロートとペルセフォネ姫を素通りさせて、他の者にだけ襲い掛かった。

「信じがたい力だが、その可能性は否定できん。私は抗体と協力して奴を止めよう。貴様らはすぐに帰るがいい。ここまで来た非礼は許してやる」

そう言ってモリビトの青年は砂の向こうへと姿を消し、取り残されたメイ達とエンリーカは、このまま放っておくわけにもいかず、彼らの後を追うことにした。

「でもその前に一度マギニアに戻る」

「どうしてよ!」

ミュラーに教えておくべきだからよ。衛兵達をこれ以上、森に入れないように忠告しておかないとね」

すでに何人かの衛兵が石像の姿で亡くなっていた。モリビトを模した亜人に襲撃されたら、衛兵は更に犠牲を増やし、抗体の姿にモリビトとの余計な軋轢を生みかねない。メイは組織の連中にも伝えておかなければ、と判断して、一度マギニアに戻ることにした。

 

「そういえばよ、さっきの化け物の眼球。これ何かに使えるんじゃねえか?」

市街地を歩きながら、ロザリーが濁った巨大な硬質の眼球を取り出す。確かに邪眼とも称される宝石を用いた剣の存在は耳にしたことがある。剣に邪気や加護の籠った宝石を埋め込むことで、剣そのものを強力にする、そういう鍛冶技術も世の中にはあるという。

「もしすごい剣が出来たらどうする?」

「そうだなあ。お前にやってもいいけど、その妙な短剣もあるし、今回はあたし専用の武器にでもさせてもらうかな。その時は伝説の邪道騎士も夢じゃねえかもな」

「なにそれ?」

「しらねえのか、かつて組織に存在したって言われてる騎士崩れ共の事だよ。地位も身分も素性も捨てて、組織からも縛られずに自由に戦いたい時に戦って、死にたい時に望み通りの死に方が出来る。そんな逸れ者の騎士共がいたんだってよ」

ふうん、とメイは生返事をした。ロザリーもやはり自由気ままな生活を望んでいるのだろうか。言動からして束縛を好みそうな性質ではなのは十分にわかってはいるが、愚痴を溢しながらもずっと着いてきてくれたので、そんな望みがあるとは思いもしなかった。

「ねえ、ロザリーは組織から抜けたい?」

「ああ? なんか勘違いしてねえか。組織からも縛られない、ってことは、それだけ文句を言わせねえくらい強いってことだろ。そういうことだよ」

ロザリーはメイの時折白く光を反射する赤い髪を撫で回して、苦笑しながら市街地を歩いて行った。

Ⅲ 訪れる者と拒む者

見覚えのない光景を見下ろしている。屈強な兵士達が大地を埋め尽くす、思わず息を飲むような姿、それを誰かの腕に抱えられて眺めている。見上げれば逆光に照らされた笑みひとつ浮かべない冷徹な赤い瞳と血のように赤い長い髪。これは誰なのだろう。

その瞳と目があった瞬間に、目の前の光景は薄闇に掻き消えて、今やすっかり見慣れた宿屋の天井が視界に飛び込んでくる。

夢か。メイは重たい頭を抱えながら上体を起こす。窓の外に広がる薄闇を見る限り、まだ夜も明けていない時間だ。メイは枕の下に潜めた短剣に手を伸ばし、扉の外から微かに伝わる気配に神経を尖らせる。ロザリーもそれに気づいていたのか、目を覚まして剣を握っている。

「さすが組織の新しい長。気配はちゃんと消したつもりだったんだけどねえ」

扉の向こうから、どこかで聞いた事のある様な懐かしさを含んだ声が聞こえてくる。

「あんた達をどうこうしに来たわけじゃないんだ、その剣をしまってくれないかい?」

「そいつはお前の態度次第だなあ。お前は誰だ? 何しに来やがった?」

メイとロザリーは更に警戒を強め、ロザリーが扉の向こうへ声を掛けながらゆっくりと近付き、メイはその隙に天井裏へと上がり、扉の前付近まで極力音を立てずに忍び寄っていく。

「あたしはジプシー・メランコリア。組織に属するアサシンさ」

「知らない名前だな。まあ、そういう組織だけどよ。で、そのアサシンが何の用だ?」

「ちょっとある方に人探しを頼まれていてね。まさかレムリアに行ってるとは思わなくてね、あちこち探し回って苦労したよ」

「そうかよ、そいつは苦労かけたな。で、それとあたしらと何の関係がある?」

ロザリーが必要以上に大声で問い掛ける。両隣の部屋の赤蛇の仲間を起こす目的もあるが、何より有難いのは天井裏の消しきれない足音を完全に掻き消したことだ。メイは狙いを定めて勢いよく板を踏み抜き、扉の前に立つ女の真上から飛び出し、そのまま背後を取って首筋に短剣を突きつける。

メイはその顔に一瞬戸惑いを覚えたが、すぐに気を引き締め、外套に仕込んであった拳銃を掴んで、廊下の端へと放り投げる。

「正面切っても潰せるだろうに、意外とまどろっこしい手を使うんだね。ゲルトルード殿」

「寸足らずだからね。真っ向勝負は苦手なのよ」

やはりそうだ。今は亡き妙齢の女剣士によく似た、あいつをひと回り程若くしたらこうなるだろう、そんな顔と声の女が両手を上げながら敵意を持たないことを表す。扉を開けたロザリーが念のため女の両手を後ろ手に縛り、そのまま部屋の中へと連れて行く。

メイは自分で踏み抜いた天井を見上げ、ようやく隣の部屋から出てきたベスティアに修繕費を渡して、廊下の端に姿を現した看板娘のヴィヴィアンに謝る仕草を見せて部屋に戻った。

 

ジプシー・メランコリア、組織に属するアサシンで、暗殺以外にも諜報活動を行う。メイの師でもある女剣士とは彼女の姉の娘、即ち叔母と姪にあたるが、実のところそれほど面識はなく、ジプシー自身も食糧庫で過ごしたことは人生の3分の1にも満たない程の時間しかない。

「あたしは組織の命で5年ほど前から傭兵の国に潜入していたんだけどね、最近ようやく信用して貰えたみたいでね、先日とあるやんごとなき御方から10年以上前に海の一族に預けた人を探すよう頼まれたのさ。すぐにピンときたよ、叔母が引き取った娘が海の一族がもたらした者だってのは私の耳にも届いてたからね」

傭兵国ライデン。西大陸の南端に位置する国で、国土は狭く商業的な豊かさは持たないが、大国に劣らぬ膨大な数の兵士と技師を抱え、各国に傭兵として派遣する軍事強国のひとつ。ジプシーが潜入した理由は現在の傭兵王の首であったが、隙を一切見せない執念深さすら感じさせる警備と警戒心から早々に暗殺は諦め、ならばせめて有能な人材を引き抜けやしないかと、自らも王に仕える衛兵として志願したのである。懸命に働くこと数年、ジプシーの各国を渡り歩いた経験も加味されて、ついに傭兵王から直々に人探しを頼まれたのであった。

そしてジプシーの目の前では、おそらく探し人であろう少女が、不快と怪訝の混じった表情で彼女を見据えている。

「なるほど。それで私は、その傭兵国ではどういう立場なの?」

「そこまでは知らされてないんだけど、わざわざ王が頼んでくるんだ、普通に考えたら王族か有力な貴族の娘なんじゃないかい?」

「めんどくさ」

メイは思わず内心で抱いていた感情を呟いた。今更そんな話を持ってこられたところで、目の前に積まれた使命を放り出すわけにもいかなければ、形式上とはいえ組織の長という立場を捨てるわけにもいかない。秘宝と自分の選択肢のことでも十分悩ましいのに、これ以上余計な厄介事をかかえられるものか、というのが正直な感想であった。

「あたしも気持ちはわかるんだけどね、組織がゲルトルード殿を飛行都市マギニアに、もっといえば絶海の孤島レムリアに送り込んだことを知って、王自らこの島に足を運んじゃったんだよね」

「すげえな、馬鹿なんじゃねえか」

ロザリーの言葉に多少眉間に皺を寄せながら、

「良くも悪くも自分の思い通りにならないと気が済まない方だからねえ」

ジプシーは少し遠くを眺めるようにまだ夜も明けていない窓の外を眺め、視線をそのままメイへと動かす。

「ゲルトルード殿、いや、メイ隊長。あたしは王から、あの方が到着するまでの探し人の護衛も頼まれている。これでも銃の腕はちょっとは自信があるんだ。あたしも迷宮探索に同行させてもらうよ」

そう言って、よろしく、と手を差し出そうとしたが、後ろ手に縛られていることに改めて気が付いて、バランスを崩して床にすっ転んでしまう。メイは突如現れた妙な来訪者に頭痛を覚えながら、新たなる困難の予感にぐったりと頭を傾けた。

Ⅲ ホムラミズチと世界蛇と赤い蛇

エンリーカや捨丸と一旦別れたメイは、落ち合う数日後までに試せる事は出来るだけ試しておこうと、ロザリーと共に市街地付近の森の中にいた。特に知らず知らずの内に身につけていた分身体、これが実際どのくらいの幅を持っているのか確かめておく必要があった。

三日三晩、ありとあらゆる検証を行った結果、幾つか確定的な能力を把握出来た。ひとつは分身体の姿、ただ呼び出そうとする分には骸骨に等しい竜牙兵と称される姿だが、自分の姿を正確にイメージしてから呼び出すと、己と瓜二つの姿の分身体が作れることが分かった。ただしイメージ化に要する苦労と集中力に反して分身体の能力は変わらない為、普通に魔物を相手にする分には不要だが、仮に人間を相手にする場合は効果的な囮や騙し討ちの術となるだろう。ちなみに他人の姿に出来ないかと試行錯誤したが、あくまでも自分の姿にしか出来なかった。所詮は自分から出てきたもの、といったところだろうか。

そしてもう一つ、意識を失うようなダメージを受けた場合、攻撃が当たる寸前に分身体が位置を入れ替え、文字通り身代わりとなってくれること。ただし平時は位置を入れ替えることが出来ず、あくまでも緊急事態に限って自動発動する能力のようだ。

メイは自分と瓜二つの分身体を眺めながら、これが何時どこで身に着いたのか、改めて首を傾げた。

 

翌日、メイとロザリーは、エンリーカや捨丸達と合流して迷宮の最下層に立ちはだかる巨大な魔物に挑む事にした。赤銅色に体皮を燃え上がらせる4本脚の巨大な大蛇、ホムラミズチ。メイも噂は耳にしたことがある。かつてタルシスで、武に長けた獣の亜人イクサビトを苦しめた炎の大蛇、自らの鱗を剥いで霊脈を貫くことで熱を得るという。タルシスの冒険者は鱗を破壊して洞窟内の温度を冷やして、その力を半減させてどうにか勝利を収めた。これまでの道中で熱を発する物体は壊しておいた。そのおかげか目の前のホムラミズチもぐったりと弱っている。

おそらく本来の力を揮われたら手も足も出ないだろう、しかし今は半死半生の手負いに等しい。ここで倒れるようなら秘宝に辿り着く資格などない、そう問い質されている様な状況だ。目の前にいる燃え盛る大蛇、その更に先にあるであろう世界蛇と呼ばれる秘宝、そして自らも赤蛇の名を冠した赤髪の暗殺者。道を塞ぐ蛇と、道を切り開く蛇。

この場この時を制したのは赤蛇であった。

さしものホムラミズチも弱った状態で毒を浴びせられ、竜牙兵と共に斬りつけられたら凌ぎ切れるものではない。弱っているとはいえ無尽蔵に近い生命力に苦戦はしたが、最後に立っている者が紛れもない勝者なのだ。ゆっくりと息を吐いて地面に腰を下ろしながら、心配そうに戦いの行方を見守っていたエンリーカと亜人の少年に笑顔を向ける。

「相変わらずやるわね、メイ。捨丸も。でも、この先も気を付けるのよ。この子が言うには亜人達は人間を嫌っているそうだから」

「だろうね。私でも見ず知らずの、しかも別の種族をそう簡単には受け入れようと思わない」

メイは考えられる限りの亜人の出方を思い浮かべ、無理矢理従わせる手もなくはないが、今は単純に恩を売るのが最適解だと判断した。わざわざ敵意を煽るのは悪手だろう、秘宝に関する手がかりを持っているなら猶更だ。

「その辺はエンリーカに任せるよ」

「だな。あたしは人相が悪いし、メイもよくわかんねえことになってるからなあ。頼んだぜ、女王様」

メイとロザリーは自分達の姿が警戒心を膨らませると自覚し、亜人との交渉はエンリーカに任せることにした。

「ああ、私達に任せておけ」

「いや、捨丸。おめーも怪しげな気配を出してるから、あたし達と一緒に留守番だな」

捨丸の家系は、代々東夷の武士団の大将たらしめる不死性を持つ。一定の年齢から老いることなく、一時的にではあるが肉体を不死者そのものにすることも出来る。その代償か体は日の光に対して火傷を負うほどに弱く、その身には誰もが警戒せざるを得ない人為らざる者の気配を纏ってしまう。見た目こそ普通だが、事情を知らぬ亜人からしたらメイと同じくらい油断ならざる存在だ。

「この場は私に任せなさい」

落ち込む捨丸にエンリーカが笑顔を向けて胸を張る。

 

亜人の集落の前で横たわって疲れを癒していたメイとロザリーと捨丸の前に、不服な表情を浮かべるエンリーカと護衛として同行したアリティとシャレコウベが戻ってくる。どうやら亜人の村で喜ばしくない対応を受けたようで、今にも歯軋りでも鳴らしそうな雰囲気だ。

「人助けをしてあんな言われ方するなんて心外よ!」

エンリーカが腹立たしさを隠さず、恥も外聞も無く子どものように地団駄を踏む。アリティが思わずその姿を凝視するが、すかさず捨丸がその目を覆い、そのまま地面に向けて引っ繰り返す。

メイは倒れたアリティの懐から追憶の音貝を取り出し、巻貝から流れる亜人の村で繰り広げられた遣り取りに耳を澄ませる。

「聞けヒトよ。我らはモリビト、森に生まれ森を守護する民だ」

聞き覚えの無い男の声がする。しかし言葉は自分達が使っている言語とほぼほぼ一致している。どうやらエンリーカ同様、複数の言語を使いこなせる者がいたようだ。

「子を救ってくれた事に免じ、今は貴様らを見逃そう。だが、再びこの地に足を踏み入れたなら命はないと思え! ここはヒトが来るべき地ではないのだ!」

「この無礼者め! 今すぐ叩き斬ってくれる!」

思わず怒りに身を震わせる捨丸を宥めて、メイは再び音に耳を傾ける。

「ちょっと待ちなさい! この先に世界樹への道が、繁栄を約束する秘宝があるんでしょ!」

エンリーカも亜人の言葉に黙っていられなくなったようだ。しかし亜人は淡々とした声で無慈悲に返す。

「ヒトよ。貴様らは欲望により行動し、同法を、そして他の者までをも傷つけた。この地にあるのは繁栄を約束するような物ではない。あれは欲望が具現化した姿、繁栄を破壊した災いそのものだ。過ちを繰り返したくなければ、一刻も早くここから立ち去れ!」

その言葉が終わった直後、まるで何かにぶつかったような甲高い音を巻貝が響かせる。じろりとエンリーカに視線を向けると、さっと目を逸らす。どうやら怒りの余り、追憶の音貝をどこかに投げつけたようだ。気持ちはわからなくないが、彼女の物でないのだからもう少し丁寧に扱って貰いたい。メイは溜息交じりに音貝を懐に仕舞い、秘宝がかつて自分が予想した通り、繁栄とは程遠い物であるかもしれない情報に頭を悩ませた。

秘宝が繁栄をもたらすような物でないのであれば、手に入れても飢えた食糧庫を救うことは出来ない。そんなものを苦労して手に入れても仕方がない。仕方がないのだが、もし単純に軍事力を高める物であれば、所有するだけでマギニアとの交渉を有利に働かせる道具になる。あまり気は進まないが、どこかの領地を奪う手段にも使える。しかし古代レムリアが滅んだ事を考えれば、手に余る力は滅びに繋がるのかもしれない。メイは思考を巡らせながら、エンリーカがどう判断したのか探りを入れる。

「ねえ、どう思う?」

「繁栄を破壊した災いだなんて、聞いてた話と違い過ぎるわ。メイ、私達は駐屯地に戻って皆と話をしてくるわ」

エンリーカはこの場では判断し兼ねるようで、海の一族と話し合い、今後の方針を決めるつもりらしい。確かにそれがいいのかもしれない。繁栄をもたらさない厄介事の為に徒に水兵達を消耗させるくらいなら、潔く身を引くのも正しい判断だ。勿論真偽を確かめる為に、更に調査を続けるのも間違いではない。メイは、ジールとゴンザロにもよろしく、とだけ伝えて、駐屯地へと戻るエンリーカと捨丸の背中を見送った。

 

「そんなことがあったのか!」

探索司令部で未だ行方不明のペルセフォネ姫の代理を務めるミュラーが、メイ達からの報告に驚きの声を上げた。姫は引き続き捜索中だが、一人の男と洞窟にいたという情報がもたらされたようで、ミュラーは男と姫の行き先が第4の霊堂の確率が高いと予想し、不安要素となる亜人モリビトを刺激しないように現在調査中の「絶崖ノ岩島」の遺跡を調べて欲しい、と頼んできた。

「頼んだぞ。伝承についての是非は、姫を助けた後で改めて話すことにしよう」

姫の捜索を承諾する前に、確かめておかねばならないことがある。食糧庫の民として、組織の長として、冒険者として。

ミュラー、もし秘宝が繁栄を破壊するものだったら、レムリアはどうするの?」

「それはまだわからない。しかし秘宝を手に入れるにせよ諦めるにせよ、姫の判断無しでは我々には決められない」

情けない話だ。熟練の軍人が、探索司令部で指令を下す者が、姫よりも随分と年を重ねた大人が、まだ若い姫の言葉無しでは決められないという。あまり接点を持たなかったが、ペルセフォネ姫もかわいそうだ、もう少し周囲がしっかりしていればむざむざ攫われることも無かったろうに。メイは半ば呆れた顔でミュラーを見据え、姫の捜索は手伝う、とだけ伝えて探索司令部を後にした。

「何か気に障る様なことでもしたか?」

「あー、別に気にしなくていいぜ。あいつも色々と思うところがあるんだろうよ」

ロザリーは仕方ないといった様子でミュラーの気を宥め賺し、肩を竦めてメイの後を追いかけた。

Ⅲ ナイトメアと骸骨の剣士

目を覚ますと幾つか妙な変化が訪れていた。

ひとつは髪の色、影にいる間は元の赤い髪のままだが、光に当たるとそこだけ色が抜けたように白く見えるようになった。肌の色も生気が抜けたように青白く、左目もくすんだ様な色に変わっていた。そして何時の間にか足元に転がっていた短剣。ネイピア商会の店主に見せたところ、布都御魂という邪気を払う霊力の籠められた短剣によく似ているそうだが、この短剣からは邪気を払うどころか禍々しい得体のしれない気配が漂ってくる。

更にもうふたつ程の変化があり、ひとつは巫術が一切合切消え失せたこと。そして自由に動く分身体が作れるようになったこと。分身体の創造には触媒となる血液と体力の半分ほどが必要となるが、自分の意思通りに動き、自分と全く同じ技を振るえる技能は、使いようによっては強力な武器にもなりそうだ。ほぼほぼ骸骨に等しいその見た目は少々薄気味悪いものがあるが。

最後にもう一つの変化が。それはギルドカードに記されている自分の職業がアサシンからナイトメアに書き換えられていたこと。当初誰かの悪戯かとも思ったが、筆跡は間違いなく自分自身の物で、受付に突っ伏して居眠りしている看板娘のヴィヴィアンも、メイ自身が書き換えていたと不思議そうな顔で証言した。

悪霊にでも憑りつかれたのだろうか。なにやら薄気味悪いものを感じるが、メイ自身は霊魂や悪霊の類を一切信じていないこともあり、体調面で不調が起こらない限り気にしないことにした。

「おいおい、またえらく奇妙な姿になっちまったな」

「風土病とかじゃないといいけど」

「そういうんじゃねえだろ。なんていうんだ、竜牙兵か? あれも呼べるようになったことだしよ」

ロザリーは分身体の事を竜牙兵と名付けた。伝承に残るそれとは若干違う気もするが、見た目が似ているのでそう呼んだ方がいいと口にした。確かに自分の分身体と呼ぶには薄気味悪い、適当にそれっぽい名前を付けた方が色々と都合がいいのかもしれない。

 

新たなる迷宮「金剛獣ノ岩窟」に向かったメイ達は、その暑さと湿度にじわじわと体力を奪われながらも、地中に埋まった溶けることのない氷柱、氷銀の棒杭を掘り出し、先んじて迷宮に潜っていた航海王女エンリーカと捨丸ら東夷の武士団4人と合流を果たした。

エンリーカと捨丸達はメイの変化した姿に驚き、戸惑い、当然の事として未知の風土病を疑い、意外とすんなり慣れた。彼女達からしたらメイの変化よりも、迷宮内の暑さをどうにかする方が優先度が高いらしく、冷気を発する氷銀の棒杭で涼を取りながら火照った体を冷ましている。

「ところでメイ、洞窟内の不思議なものは見た? あれのせいで先に進めないのよ」

「あれって?」

「凄まじい高温を発する物体だ。破壊を試みてみたが、刀では傷ひとつつかず、冷気を纏わせた弾丸も毒も一切通じなかった。文字通り我らではお手上げというわけだ」

エンリーカと捨丸が説明しながら困った顔を見せる。高温を発する物体、洞窟内の熱気にも溶ける気配を見せない氷銀の棒杭ならば、どうにか出来るかもしれない。メイはその物体の下に案内するよう促した。

「よし、そうと決まれば一旦駐屯地に報告せねばならないな。メイ殿、エンリーカ様が赤蛇と同行することを伝えに行く者と、このまま探索に同行する者を選んでくれ」

「一番強い人が同行でいいんじゃないっすか」

アリティが呑気に提案する。以前もそれで揉めた覚えがあるので、メイは同行者に捨丸と単純に攻撃力に長けた御太刀を選び、カイナとシャレコウベを駐屯地に走らせることにした。

「じゃあな、お前ら気を付けろよ」

「王女様と捨丸殿を頼んだぞ」

そう言って迷宮の外へと走っていく二人を見送り、エンリーカ達が手を拱いた高温の物体の下へと向かった。

それはまるで火を司る竜の鱗の様な、鍛冶師により熱せられた鉄の様な、そんな一言で言い表すには難しい物体であった。メイは高温に耐えながら物体の中心部に氷銀の棒杭を突き立てる。刀でも銃弾でも毒でもびくともしなかった熱の塊が、地面に落とした硝子のように粉々に砕け散る。その瞬間、洞窟内は本来の冷気を取り戻し、今にも煮えそうなくらい茹っていた水路は凍り付き、全身を芯から冷やすような寒さが襲う。

メイはバックパックから人数分の厚手の上着を取り出し、予備の上着をエンリーカに手渡す。寒さを凌ぐには十分ではないが、それでも着ないのとでは雲泥の差だ。上着の内側に道中で集めた溶岩の怪物の欠片を仕込めば、即席のカイロとなり、しばらくの間はそれなりの暖を取ることも出来るだろう。

「さあ、これで邪魔者は排除したわ。下の階へ急ぎましょう!」

暑さと寒さから解放されて張り切るエンリーカの号令の下、メイ達は迷宮を下層へと向かった。

 

再びうだるような暑さで満ちた下層に降りて歩みを進めるメイ達の視界に入ってきたのは、天井にまで達する巨大な蜥蜴の姿だった。その奥から聞き慣れない子どもの言葉が響いてくる。

「誰かが助けてって言ってるわ」

エンリーカが耳を澄ませて言葉を解読していく。10以上の言語を解する航海王女の知識の中には古い、すでに失われた言語の知識もあるらしく、その言葉が助けを求める悲痛な叫びだと確信すると、同様に聞き慣れない言葉を発して返事をした。

「待ってて、すぐ行くわって伝えたの」

「しかしエンリーカ様、あの蜥蜴、炎を吐き近づく者を排除する性質を持つようです。近づくだけでも命を落としかねません」

「それをどうにかするのが、あなたとメイの役目でしょ」

「その通りです。メイ殿、おそらくこの階にも先程の高温の物体があると思われる。洞窟内の温度を急激に下げれば、あの蜥蜴も動きを鈍らせるのでは」

確かに蜥蜴を含めて爬虫類は寒さに弱い。体温を維持出来ない故に気温の低い場所では動きが鈍る、と組織内の生物にも詳しい毒薬の研究者に聞いたことがある。

メイは気温の高い場所を探しながら洞窟内を駆け回った。幸いにも巨大蜥蜴の炎で一掃されたのか、周辺には魔物の気配はなく、比較的短時間でこれといった苦も無く高温の物体は発見された。氷銀の棒杭を打ち込むと、物体は粉々に砕け散り、あれだけ盛大に炎を吐いていた蜥蜴も眠っているかのように動きを止める。

今が絶好の機会だ。

メイは竜牙兵を呼び出し、アリティが矢継ぎ早に射って牽制し、ロザリーが蜥蜴を殴りつけている間に回復薬を飲み干し、分身体の創造で失った体力の回復を図る。捨丸と御太刀は突然現れた骸骨の剣士に戸惑ったが、それがメイの呼び出したものだと理解すると、すぐに蜥蜴へと意識を集中させた。

メイと竜牙兵の連携は完璧だった。ほぼ同時に毒を塗った短剣を投げて蜥蜴の体に突き立て、その巨体に毒が回ったのが見て取れると、すぐさま左右から懐に潜り込んでの格闘に転じた。捨丸と御太刀が援護する中、蜥蜴の顎を竜牙兵が斬り飛ばし、その首をメイが切り裂いた。

「すごい、この前もすごかったけど、今日のはまるで別人じゃない」

エンリーカが驚きの声を上げる。断末魔の叫び声を轟かせながら地に伏せる大蜥蜴は、寒さで動きを鈍らせたとはいえ、おそらく先日の蟲獣よりも手強い相手だっただろう。それを単純に手数が増えたとはいえ、苦も無く倒したのだ。メイ自身も竜牙兵との連携の効果に内心驚いていた。呼び出す際の体力の半減を上手く持ち直せば、これほど強力な武器はない。確信と手応えにメイは密かに拳を握り、蜥蜴の奥から聞こえる声に耳を向けた。

保護した子どもは、鮮やかな明るい緑色の髪の毛と白い肌を持った、メイの見たことも無い人種だった。ロカ族と髪の色は似ているが肌の色はまるで違う。全く別の人種だと考えるべきだろう。

エンリーカが子どもから話を聞き出すと、どうやら迷宮を抜けた先に村があるらしく、そこは人の近づくことを許さない禁忌の場所であり、警告と年相応の好奇心でここまで来たところを魔物に襲われた、ということらしい。更に洞窟の下層にはより強力な炎を統べる大蛇がいるらしく、村に戻るには避けて通れない位置まで縄張りを拡げているそうだ。

「このまま放っておくわけにもいかないわよね」

エンリーカは子どもの頭を撫で、メイと捨丸に大蛇の討伐を頼んだ。

「勿論です。それに大蛇討伐は祖国では英雄の証。一族を復興させる際にちょうどいい宣伝にもなりましょう」

「その村に秘宝にまつわる情報があるかもしれないしね」

捨丸とメイはエンリーカに向けて首を縦に振り、迷宮の更に下層へと潜ることにした。

 

下層に降りたメイ達を待っていたのは、ブロートという名の胡散臭い赤毛冒険者だった。これまで何度か遭遇したが、この迷宮にも来ていたのか。メイは警戒しながら、いつでも短剣を振れるように静かに腰に手を伸ばす。

「これはエンリーカ王女、こんな所で出会うとは思いませんでした」

ブロートは飄飄とした様子でエンリーカに視線を向けるが、即座に捨丸の剣気に反応して飛び退いて距離を取る。出鼻をくじかれる形となった捨丸は二本の刀を構え、じりじりとブロートに距離を詰めていく。

「その赤い髪、貴様が先遣隊の情報をマギニアに売り渡した裏切り者だな! この場で首を刎ねられる覚悟は出来てるだろうな!」

「そういうお前はマギニア冒険者と手を組んでるだろう。王女、私は私で独自に秘宝について調べているところですが、あなたの飼い犬に噛みつかれるわけにはいかない。またお会いしましょう」

ブロートは囮となる残像を残して、迷宮の奥へと走り去り、棒立ちのままの残像は捨丸の刀の前にあっさりと掻き消された。

「エンリーカ、あいつと知り合いだったの? あ、でも先遣隊の一員だったから、顔を知ってて当然か」

「彼が私達にレムリアの秘宝の情報を持ち込んだのよ。その情報を頼りに先遣隊に加わって貰ったけど、どうも何か企んでるようね」

エンリーカは溜息を吐いて、メイの方に視線を向ける。

「企んでいるといえば、あなたも秘宝を手に入れる為にジールとゴンザロと情報を共有していたそうね。はっきりさせておくけど、あなた達に秘宝を譲る気はないわ! 秘宝は海の一族が手に入れて見せる! でも、あなたの事は嫌いじゃないし借りも返せてないから、それまでは一緒に行きましょう!」

エンリーカはメイに笑顔を向ける。この様子だとジールとゴンザロもそれ程怒られずに済んでいるだろう。この若き航海王女に歴戦の水兵達が付き従う理由もわかる。他人から愛される類の人間だ。

メイはエンリーカから差し出された手を手を握り返す。

「ねえ、エンリーカ。私達の補給もだけど、あっちも心配だから一旦駐屯地に戻らない?」

「それがいい。捨丸殿はああ見えて、意外と気が短い上に頭に血が上ると長い。あの様子だと迂闊な失敗を仕出かしかねない」

「そうね。一度戻って、後日また迷宮の前で落ち合いましょう」

メイ達は捨丸の興奮と子どもの怪我の事もあるので外に出て、それぞれの帰る場所へと戻ることにした。子どもはエンリーカが一時的に保護し、駐屯地とは異なるアーテリンデが寝食に使っている野営地へと連れて行くそうだ。

Ⅲ 閑話:衛兵の報告書

「桜花天空楼」探索報告書 報告者:フランツ

メイ殿がとある冒険者との修行に向かった為、赤蛇の旅団の別動隊であるオズワルトとピカロ、ジェントル、ロマーンに同行して、小規模の迷宮「桜花天空楼」に潜る。

先んじて迷宮に足を踏み入れた海都アーモロードの冒険者カリス嬢を、同じく海都の冒険者ロブ殿と共に捜索。かつて「桜ノ立橋」でも体験した浮島を動かしながら、無事にカリス嬢に追いつき保護する。その後も探索を続け、ピカロ殿の知恵で浮島を複雑に組み合わせながら最深部に到達する。アルルーナなる女性の姿をした植物の魔物と遭遇するが、戦力的な不安要素を考慮して退却した。

追加報告

後日、赤蛇の旅団の隊長であるメイ殿と再挑戦。見事アルルーナを下す。なお詳細は気を失っていた為、不明。

 

「埋もれた城跡」探索報告書 報告者:サリーナ

メイ殿が修行の疲労が抜け切っていない為、ベスティア、アリス、赤蛇の旅団別動隊のラシャ、マシラと共に小規模の迷宮「埋もれた城跡」を探索。同迷宮にて伝説の聖獣ユニコーンを探す冒険者オリバーとマルコと遭遇、共に迷宮を進む。

流体の金属状の生物、通称「雷電獣」と戦闘になるも、高位の雷属性防御壁にて敵の雷撃を凌ぐ。無事に迷宮を踏破するもユニコーンとは遭遇せず、合成魔獣ヒポグリフを発見、戦闘を試みるが敵戦力の大きさから退却を余儀なくされる。

追加報告

後日、赤蛇の旅団の隊長であるメイ殿と再挑戦。苦闘の末、ヒポグリフを撃破する。前衛を庇った際に負傷した為、詳細は不明。

 

フランツとサリーナは共に痛めた腕を吊った状態で探索司令部へ赴き、詳細な地図と報告を簡潔に記した羊皮紙をミュラーに渡し、そのまま敬礼して司令部を後にした。

「ところでメイ殿は?」

「ロザリー殿とアリティ殿を連れて、次の迷宮に向かったようだ。そういえば、いつもと様子が違った気がするが」

「様子が? どんな風にだ?」

「どんな風と言われても、そうだな、顔色が少し悪かったな」

「病気でなければいいのだが」

「そうだな」

等と他愛もない会話をしながら二人は衛兵宿舎へと戻り、早々に負傷したことを同僚達から窘められつつも、強力な魔物を討伐した祝勝会を催したのであった。