世界樹の迷宮X妄想マスタリー雑記 4周目 天球を抱える星術士

思い付きでつづる妄想マスタリーも4周目ですって奥様

Ⅱ 令嬢の旅立ち

大陸の中心に巨大な世界樹が根を張るアルカディア、その北方に位置する吹雪と芯々と凍える寒さで閉ざされた凍土シドニア、その地にひっそりと佇む雪と氷に覆われた町ランスィル。この町の住人は14歳になる年に城へと招かれ、支配者である伯爵或いは令嬢の加護を受けて帰ってくる。そうして初めて一人前の大人として認められる。

その日も例年の様に多くの若者が城へと招かれ、生まれて初めて目にする支配者を前にしての祝福の儀式を経て、翌日には町へと戻っていった。

 

「堪らないわね。毎日儀式があればいいのに。そう思わない?」

城の玉座で満腹だと云わんばかりに腹を摩りながら、ドレス姿の若い、まだ外見は10代も半ばほどの少女が満足げな声を上げる。血の様に赤い瞳と赤い髪が眩しく、対照的に肌は血の気が無いように青白い。

「お嬢様、毎年の様に申し上げるのも飽きてきたのですが、儀式の時はもう少し注意を払ってもらえますか?」

部屋の片隅で片づけをしていた執事の一人が、呆れた顔で物申した。

「失礼ね、ちゃんと気をつけてるわ。吸う量は必要最低限、痛みが少ないように優しく、でしょう。私はちゃんとしたわよ」

「ちゃんとしたのに、何故貧血で倒れる若者が毎年10人も20人も出るんでしょうね?」

「血が足りないんじゃない。そうね、新しい町の法律は1日3枚はステーキを食べる、これにしましょう」

お嬢様と呼ばれた少女が筆を走らせて紙に文章を書き記し、そっと指で弾いて空中に浮かべた。宙を舞う紙は天上から舞い降りてきた蝙蝠が咥えて、城の外へと運んでいく。明日の朝には新しい法律が町中に知れ渡るだろう。

「そういうことではありません。お嬢様が血を飲み過ぎるのです」

「ヴラム」

「なんでしょう?」

先程まで真顔で申し上げていたヴラムと呼ばれた執事が、先程までと変わらぬ真顔で返事をすると、

「例えば今、目の前に極上のワインがあるとするわ。1杯だけにしようと決めていても、口に含んだ瞬間に次の1杯が欲しくなる。その気持ちはわかるでしょ?」

「お嬢様、そんな戯言で血を吸い過ぎたことが済まされるとでも?」

「駄目かしら」

納得いかない表情で眉を顰める主に対し、ヴラムは溜息をひとつ払って、再び真顔で物申すことにした。

「駄目です。伯爵様からお嬢様の悪食は度が過ぎると注意されておりますので。いいですか、もし去年の様に自我を失うまで血を吸われる者が出たら、支配者の資格なしと烙印を押され、城から追放されることになりますよ」

「それは困るわね」

流石に深刻な表情を浮かべる主に一抹の不安を感じつつも、ヴラムは忠告を終えた合図に鼻で息を吐き、再び片付けの手を動かし始めた。

 

血を吸われ過ぎて理性を失い、さらに血を失って自我を失い、完全なる吸血鬼のしもべと成れ果てた者が現れたのは翌日の事であった。

 

ランスィルの城が遠くに見える。深く積もった雪を踏みしめながら、ヴラムは呆れ果てて長い溜息を吐いた。

「お嬢様、失礼ですが首から上は飾りですか?」

「違うのよ、ヴラム。私は食欲に負けないために理性を以て儀式に臨んだわ。だけど、美味しかったの、それはもう、すごく。やっぱりあれね、血は生娘の首のところに限るわね」

昨晩口にした味を思い出しながら、うっとりと顔を緩ませ、恍惚の表情を浮かべる主を横目で見ながら、執事は激しく後悔していた。伯爵の子息令嬢は全部で三人いる。何故よりにもよって最も悪食で最も理性の少ない、この令嬢の執事に成ったのだろう。残り二人も人格的な意味では更に壊滅的なものがあれど、少なくとも城を追放されるような失敗は何度も犯さない。

「まあまあ、いいじゃねえか。お嬢様の気持ちもわかるぜ、旨いもんなあ。あたしも儀式に混ざりたかったわー」

後ろを歩いている侍女が呑気に同意の言葉を発しながら、能天気な歩みで雪を踏み鳴らしている。

「さすがね、エルゼベート。どこかの頭の固い男とは理解力が違うわ」

「そうですね、お嬢様の頭は柔軟そのものです、柔らかすぎて流体となって城から流れ出てしまいましたね」

ヴラムが嫌味のひとつでもと言い返すと、主は何も堪えてないのか、雪の上を足取り軽く歩みながら、

「でも、おかげで城から出られたでしょ。あんな城に百年もその上も閉じこもってたら人間おかしくなるわ。たまには外に出ないと駄目よ」

「その姿のまま百年以上生きてるだけで、もはや人間ではないですがね」

「失礼ね。お父様は五百年は生きてるのよ。貴方達も城に仕えてから、そのままの姿で半世紀は生きてるのだから、ひとのことをとやかく言える生き物ではないのよ」

そう諭す様に言い放った主は、何処へとも知れず、雪の上を歩き続けている。

彼女たち吸血鬼の寿命は長い。そして主が生き続けている限り、従者であるヴラムとエルゼベートの寿命もまた尽きることはない。この先、何百年も生きるとしたら、たまには旅のひとつもしてみたくなるのかもしれない。

「ところでヴラム、お嬢様はどこまで行かれるんだ?」

「伯爵様が言うにはシドニアの外へと繋がる磁軸があるそうだ。その先は俺も知らん」

「伯爵様も大概だよなあ。あの方は住民を大事にし過ぎなんだよ。いいじゃねえか、ひとりやふたり、しもべを増やしたって」

「それを許したら、あっという間に町中の人間が吸い尽くされるぞ。お嬢様はあれで相当我慢してるからな」

ふたりの従者は主の食欲に呆れ果てながら、意気揚々と進む足跡をなぞる様に、ゆっくりと雪の上を踏み鳴らしていった。