世界樹の迷宮X妄想マスタリー雑記 3周目 赤髪の暗殺者

思い付きでつづる妄想マスタリーも3周目ですのん

Ⅱ 令嬢と揺り籠

執事の嫌な予感は的中していた。

鎌を新調してからというもの主の悪食はとどまることを知らず、巨大な亀の古代種、空を舞う赤い猛禽、赤く巨大な角を生やした犀、その他ありとあらゆる迷宮の生物を斬っては喰らい、斬っては血を啜り、ついには立派な桜が並び立つ空中楼閣で妖鳥の女王までも斬り伏せてしまった。

支配者としても冒険者としても強さというのはある種絶対の正義である。しかし枠から逸脱した強さは時に余計な恐れを生み出し、不本意な出来事を招くこともある。それ故に伯爵は城下の住民を大事に扱い、他の領地との諍いに於いても極力自分は手を出さずに住人達の自治に任せていた。伯爵がクレイドルを振るい、爆炎を巻き上げるだけで大抵のことは力づくで終息する、しかしそれは自らの首を絞める諸刃の武器でもあると知っていたのだ。

執事は満足そうに猛禽の脚を焚き火にくべる主を眺めながら、今後の行く末に一抹の不安を抱いていた。

「そんな心配いらねえんじゃねえか。お嬢様はここではただの冒険者だ、城にいた頃とは立場も状況も違うんだ」

「だといいがな」

対照的に楽観的に捉えている侍女の言葉に曖昧な返事をしながら、しかし出来れば今後も主が自分達で守らねばならない程度の人間の埒内であって欲しいと願った。

もしかすると、これは主の心配ではなく、己の役割を失うことを懼れているのかもしれない。執事は脳裏をよぎる考えを振り払いながら、肉に齧りつく主に再び目を向けた。

 

嫌な予感は、前触れがあるのか時に未来を感知させるのか、不思議と的中するものだ。

妖鳥の女王の鋭い爪を生やした脚、その脚に呪いを施すことで生成される金属の様に硬く強固な物質、それは加工すること自体も難しいが、大きく鋭い爪と決して折れることのない硬質の骨格をそのまま活かし、職人が総掛かりで願いを込めて鍛え上げれば、切り裂かれた者に苦痛を感じさせる暇さえ与えず、まるで赤子を寝かしつける様に静かに命を奪う事から通称「揺り籠」と呼ばれる巨大な鎌として生まれ変わる。

そして揺り籠は、当然と言うべきか、よりにもよってと言うべきか、妖鳥の女王を仕留めたカミラが所有することになった。

 

令嬢の赤い瞳に狂気が宿る。

あれだけ苦戦した猛禽や犀を、朽ちた枝を落とすように簡単に斬り伏せていく。

使い手の技量にもよるが武器の差はそのまま力の差と成り得る。令嬢の鎌の技量は執事や侍女とほとんど変わらない、同程度の武器を握って向き合えば勝敗を決するのは知略と運、或いは令嬢の不死性で決まる、先日まではその程度の差であった。しかし互いの所持する武器を持って向き合えば、おそらく圧倒的な差で敗れ去るのだろう。それほどまでに揺り籠は強力で無慈悲な代物だ。執事と侍女は自分の背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

「なあ、ヴラム。あたしら用済みなんじゃねえか」

「馬鹿を言うな。お嬢様ひとりで攻撃が足りるなら、俺達は主を守る盾として専念するだけだ」

「それはそれできついよなあ」

「それにこの先、あの揺り籠でも苦戦を強いられる怪物が出ないとも限らない。事実、獣の獰猛さも迷宮の複雑さも、奥地に行けば行くほど厳しさは増しているからな」

ヴラムはそう語りながらも、しかしエルゼベートには巫術による治療という欠かせない役目があり、ピィエンには方陣という彼女にしか出来ない役割があり、オルロックには令嬢よりも先に剣を投げつける速さがある、3人は立派に令嬢の支えとなるだろうと考えていた。そして砲剣の火力を以ってしても追いつけない揺り籠の威力の前に、果たして自分は何の役に立てるだろうか、とも。

「別に2番手でもいいと思うけどな。カミラが倒れないとも限らないわけだし、あんたのことも頼りにしてるぜ」

執事の薄暗い思考を察したピィエンが、背中を叩いて励みになりそうな言葉を掛ける。

「こっちは方陣以外に出来ることが無いんだ、いざという時にギルドの剣になれるあんたは正直羨ましい」

「それに守りの方はまるで成っちゃいねえからな、うちのリーダーは。あれじゃそのうち前に出過ぎて倒れちまうだろよ」

オルロックがまるで力に憑りつかれたように揺り籠を振るう令嬢の危うさを危惧して、手綱はしっかり握ってくれよ、と執事の肩を叩く。

その様子を横目で見ていた侍女がくすりと笑い、最後の力を振り絞って暴れる犀を薙ぎ払っている主に目を向けた。

「ヴラム、エルゼ、これは楽しいわね」

斬り落とした犀の角を空中で受け取り、カミラが執事と侍女の方に振り返って笑い掛ける。

「でもこれ、あまり他人に見せない方がいいかもね」

血で滴る揺り籠を眺めながら、令嬢は小さく細い息を吐いた。

 

翌日、令嬢が眠りについた頃、執事は朝日を浴びながら宿屋の裏庭で剣を振っていた。

城に上がり、吸血鬼から加護を受け、主に仕えて約半世紀、まさか未だに剣の修練に汗を流すとは当時は思いもしなかった。

「なんだよ、朝っぱらから珍しいじゃねえか」

「たまには基本に立ち返ろうと思っただけだ。それに」

「それに?」

「お嬢様の足手纏いにならない様に少しでも技を磨いておかないとな」

そう言って執事は再び剣を振るい、侍女はその姿をしばらく眺めていた。