世界樹の迷宮X妄想マスタリー雑記 4周目 天球を抱える星術士

思い付きでつづる妄想マスタリーも4周目ですって奥様

番外編 前日譚

妙な夢を見ていた。下忍としても決して優秀ではない未熟な自分が、この国屈指の名将や各地から集まった手練れの傭兵や冒険者、果ては人外と成り果てた帝と共に、何処とも知れぬ絶海の孤島で秘宝を探すという、口にしたら処刑され兼ねない程の荒唐無稽な夢だ。

若いシノビの少女は寝汗を拭いながら、井戸水を汲み上げて顔を洗い、長屋の前に不自然なほど見事に消された気配を感じ取り、用心のために苦無を数本袖に潜ませて表へと向かった。

 

ここは南海の交易の中心地、海都アーモロード。
そのアーモロードの北東、商業港アユタヤの東、対岸の密林を越えた地にある小国タカトリ。その国の南端に広がる巨大な花街、雪月花の名を冠する老舗店が並ぶ、風が吹けば銀が舞うような艶やかな中心街の裏路地、そこに一通の指令書が舞い込んだ。
「というわけでござる、タマモ殿」
「どういうわけかはわからないですが、この狐火のタマモ、受けさせていただきます」
裏路地の小さな長屋でふたりのシノビが向き合っている。
ひとりは背の高い美人、といっても過言でない美しい顔貌の若い女シノビ。
もうひとりはまだ幼い、10代半ばにも満たぬシノビの少女。名前はタマモ。
タマモに届いた指令はこうである。

この広大な海のどこかに存在するであろう絶海の孤島レムリアへと赴き、不死の妙薬か無限の財を生み出す宝石か、幻の火鼠の裘、龍の首の珠、或いはそれらと並ぶ偉大なる何かしらを手に入れてくること。

帝の命令は天上の言、神の御言葉に等しい。
首を振れば明日にでも首と胴が別れを告げることとなる、首を縦に振っておけば期限の内は、すなわち帝の機嫌を損ねぬ間は生きていける。それに道中見つけた外国の珍しい霊薬か武器か、そうでなくとも利益をもたらす発見物でも持ち帰れば、あの傲慢な神も納得するかもしれない。そう考えたタマモは仕方なく首を縦に振った。
それを見届けた女シノビは音も立てずに姿を消し、後にはレムリアまでの旅費の足しとしては十分過ぎる路銀と上手く遣り繰りすれば10日分にはなるであろう食糧が残されていた。
「夢物語みたいな話に景気の良いことで」
帝の期待が大きいのか、それとも昨年から始めた西方のウガリートとアユタヤとの3点貿易で国費が潤沢なのか、こんな夢物語に費やす金があれば花街の路地裏に診療所の一つでも建てて欲しいものだ、とタマモは呆れながら荷物を纏めた。

現在タカトリの国には5つのシノビがいる。
帝お抱えのシノビ集団、風魔一党。
将軍と共に戦場を駆ける軒猿衆。
そして十年前に帝との勢力争いに敗れたものの、首魁の首を飛ばされたことで一応の許しを得られたシノビの末席、旧権力者達が率いていた狐狗狸の三忍。
許しを得られたとはいえ狐狗狸の三忍の首領とその血族は悉く首を刎ねられ、生かされているのは血縁の無い末端の者たち、或いは恩赦によって逃れられたまだ幼い首領の子女のみであり、敗北の爪痕は未だ大きく、シノビの中での勢力も地位も脆弱な程に低い。
タマモはその狐に属するシノビであり、唯一の先代の血族でもある。
「つまりはそういうことだ」
元より国仕えさせるつもりもない捨て石連中、帰る手段も定かではない、あるかどうかもわからない宝を探させるには都合がいいわけだ。
(この花街ともしばらくお別れか。結構気に入ってたんだけどな……)
彩り豊かな街の果てに夕日が沈む。もう二度と見れないかもしれない夕日と思うと、タマモの溜息も一段深くなっていくのであった。

 

小国タカトリの花街の夜は深い。特に雪月花の名を冠する老舗の大棚ともなれば、遊女や芸妓が微笑むだけで銭が舞い、茶のひとつでも出されれば並みの商人はそれだけで財布が空になる。
銀が雪のように舞う銀月館、一夜遊べば金が溶ける月遊楼、そして足を踏み入れたら二度と現に戻れぬ桃花園。タマモが日々の暮らしのために下働きをしているのが花街2番目の大棚、月遊楼である。
その晩の酒を用意し、一通りの肴を用意したタマモが大女将に頭を下げる。
「そういうわけで、しばらく暇を貰うよ」
「で、いつ帰ってくるんだい?」
「わかんないけど、多分3年くらい?」
大女将が呆れた顔でタマモを見下ろし、しばし思考した後にタマモに小袋を握らせる。
「あの阿呆にも困ったもんだ。まあいい、どうせ断れやしないんだ。せいぜい金持ちでも見つけて、ここに引っ張ってくるんだね」
「阿呆とか言ってたら首が飛ぶよ」
「構うもんかね。どれだけ腕と知恵が立っても、ありもしない宝を探させて、女に貢ごうなんて色木瓜なんざ阿呆で十分だよ。そいつは路銀の足しにしな、売れば一月は遊んで暮らせる銭になる」
タマモがもう一度、先ほどよりも深く大女将に頭を下げて、店の裏から外へと出ていこうとすると、顔なじみのシノビがひとり、タマモの前に姿を現した。

狸に属するシノビで、元々は裏方の絡繰師であったが現首領にまで昇りつめた男、八百八狸の刑部。タカトリの国のシノビが使う主な忍具から扱いの難しい傀儡まで作れぬものはないと称される技術者でもあり、その腕によって狐狗狸の三忍の中で唯一、城への出入りを許されている。といってもあくまで城門までの立ち入り、自由とは程遠い監視付きという条件で、ではあるが。

「タマモよ、話は耳にしたぞ。帝の気紛れとはいえ、我ら狐狗狸の三忍には名誉を挽回する絶好の機会ともいえる。正直に申せば、かような重圧をまだ十五にも満たないお前に背負わせるのは気が引けるが、せめて道中の足しにでもなればと絡繰を作っておいた」

「感謝します、刑部殿」

タマモは何処まで本音を語っているかわからない目の前のシノビに形半分の礼を述べて、獅子舞の頭に四本脚の胴体、おそらく大型武器の装着を見越しての一対の補助腕を備えた絡繰を受け取った。

その絡繰は見れば見る程良く出来た代物で、指から繋いだ糸だけで操作出来る上に、獅子舞の口には含み針や鉄線を射出する仕組みを有し、四本脚の内前脚に当たる部位は指先まで操作出来る為、刀剣や槍以外にも弓矢や銃器の扱いも可能となっている。おそらく補助腕も同時に使用すれば、より大型の武器や盾であっても扱えそうだ。補助腕まで使うとなれば両手での操作を強いられるため体術との併用は難しいが、四本脚までなら片手でもそれなりに操れる。手足の延長線上として使うか、それともシノビでは扱いきれない大型の武器を使うか、結論を出すまで時間はある。タマモは道中、絡繰を慣らしながら、ゆっくりと考えることにした。

「それと小耳に挟んだ話だが、此度の任務、海都周辺の各地からもシノビが派遣されるようだ。タカトリの国からは風魔一党からひとり、下忍だが素質のある若者が同行する。シバからは女王に仕える手練れのくノ一、ダマバンドからも変人しかし手練れに変わりはない男が、アイエイアから遠い異国出身だがシノビとして修業を積んだ者がひとり。それと海都の元老院からも数名の元抜け忍が同行する」

「随分詳しいですね」

もしかしたら刑部は、彼なりに首領としての責任を感じているのかもしれない。本来であれば三忍の中でも年長の自分が行くところを、絡繰師の腕故に免除された。その負い目もあって情報を集めてくれたのだろう。そうでないかもしれないが、疑っても仕方がなければ得もない。タマモは素直に感謝することにした。

それにしても女王の統治する海上都市シバ、北の竜の力で栄える都市ダマバンド、北大陸とを結ぶ交易都市アイエイア、おまけに海都アーモロードの元老院、レムリアの探索は随分と期待されているようだ、意外と信憑性の高い話なのかもしれない。名立たる大都市にタカトリみたいな小国が混じっている方が違和感がある。

タマモは同行者がアーモロードの玄関口インバーの港にいることを頭の片隅に留め、その足で養父との短い時間ではあるが確かな挨拶を済ませ、花街を抜けて港から船に乗り対岸の商業都市アユタヤへ、アユタヤで顔馴染みの漁師に頼んで船を出してもらい、海都アーモロードへと向かった。

海都へ向かう船の甲板で空を見上げると、巨大な船のような物体が飛んでいた。
飛行都市マギニア、各地の、そしてアーモロードの冒険者たちを積み込み、レムリアへと挑む夢の塊だ。