世界樹の迷宮X妄想マスタリー雑記 4周目 天球を抱える星術士

思い付きでつづる妄想マスタリーも4周目ですって奥様

番外編 糸巻き絡繰

完全に油断してた。タマモは苦虫を嚙み潰したように口元を歪めた。

巨鳥や蠍相手には紙一重の勝利と自覚はしていたものの、それ以外の生物相手には苦戦すらしなかった為に油断が生じたのか、自立歩行する椰子の木に奇襲を受けたタマモ達は思いのほか大きな怪我を負い、特に椰子の実が頭部に直撃したウルバンは完全に意識を失っている。

しかも問題はそれだけではない。椰子の実を受け止めた際に落としたのか、蘇生薬のネクタルもなく、冒険者の必需品ともいえるアリアドネの糸も見当たらない。

アリアドネの糸。形状は糸玉で、糸は細さに反して強靭で、成人五人分程度の重量でも吊り上げることが出来、樹木や壁に引っかかったりしても切れることはまずない。おまけに巻き取る際の速度が非常に早く、先端を迷宮の入り口に結び付けておけば、瞬く間に入り口まで戻ることも出来る。まさしく冒険者の必需品ともいえる道具で、糸を持たずに迷宮に入る者は三流、リスに奪われる者は二流、予備も含めて常に数本用意して一人前の冒険者、等という格言もあるくらいだ。

「どうやら私達は二流、といったところですかね」

「そう悲観することもないよ。命がけで迷宮に挑んでたら、こういうこともたまには起こるもんさ」

悔しそうな表情でウルバンを絡繰りに括りつけるタマモを、氷雨が呑気な口調で慰める。亀の甲より年の劫とはよく言ったもので、実際のところ十四になってそう間もないタマモと三十路手前の氷雨では乗り越えてきた苦境の場数が違う。

(この子は年の割に落ち着いて知恵も回るけど、まだまだ中身は子供だねえ)

氷雨は自分の半分にも満たない年齢の小娘を穏やかな目で眺めながら、しかしその原因を作ったのが自分より一回りは年上の奇人である事実に情けなさも感じた。

「このくらいどうってことねえよ。地図はあるんだ、おっさん抜きでも俺が二人分働けば済む話だろ」

太刀風が意気揚々と刀を肩に掛けて大声を出す。

(こっちの坊やは気持ちは強いけど、腕が追いついてないのがねえ)

氷雨は年若いお調子者を見ながら、まあ揃って悲観されるよりはいいか、と何も言わないでおいた。

「オー、大ピンチってやつネ!」

言葉に反して楽しそうな顔をしているリンジー

タマモは自分以外の三人が前を向いていることを確かめ、絡繰の糸を指に絡める。落ち込むのは町に戻ってからでも出来る。まずは無事に脱出してからだ。そう頭を切り替えて、迷宮の入り口へと駆け出した。

 

翌日、タマモは絡繰に尻尾のような細工を施していた。鉤爪状の先端を鋼線で結び、十間程の長さの鋼線の反対側にアリアドネの糸を取り付け、糸を手繰る糸車が絡繰の胴体後方、後脚の上部に取り付けられている。さらに糸車の両側には苦無状の楔のようなものが結ばれている。

「また妙なもの作ったね、なんだいそれ?」

「糸巻き機です。昨日の失敗を活かして、荷物袋に入れると落とす可能性があるアリアドネの糸を絡繰そのものに備えてみました。糸車は一手間二手間の操作で簡単に外れるので、奇襲を受けてもすぐに外せば乱戦で糸が切れることもないですし、勝手に戻らないように楔で固定も出来ます」

本人的に会心の出来なのか、タマモが僅かに頬を緩めながら饒舌に絡繰細工を語る。

こういうところは母親譲りだねえ、と氷雨は内心懐かしさを覚えながら、かつて何度か顔を突き合わせたことのある女シノビのことを思いだしていた。

 

鬼火のリンカ、と名乗る頭一つ背の高いシノビに出会ったのは、氷雨が丁度今のタマモくらいの、十四の半ばの頃だった。シバの海流を越えた南に位置する大密林は海上都市にとって貴重な木材の収穫場であり、同じくシノビ達が技を磨くには絶好の修行の場所でもあった。初めは師と共にそこで文字通り死闘を繰り広げ、二度目は互いの素性を語り合い、三度目にはシバの酒場で夜が明けるまで酒を飲み明かした。そのシノビは自分が勝っているくせにあれこれと理屈を捏ね回して、鎖鎌への対策を立て、次に会う時には厭味ったらしく珍妙な道具や術を披露してきた。その時の悔しさは忘れられるものではないが、同時にその顔が愉快でもあった。そして何時の間にか遭遇しなくなり、雇い主と共に処刑されたと聞いたのは更に数年後の事だった。

師はシノビにはそういうこともある、とだけ語り、当時そのシノビにつけられた傷が祟ったのか、鎌を置いて現役を退いた。

 

胸に空いた空洞のようなの虚を埋めるために何度かタカトリの国に忍び込み、花街で下働きをする幼子を見かけたこともあったが、随分と逞しく育ったものだ。

氷雨は感慨深さに目元が緩みそうになったが、悟られぬようにすぐに自制し、

「よし、今日は細工の完成祝いに呑むとしよう」

とタマモを無理矢理酒場へと引っ張り、病み上がりのウルバンに酌をさせながら明け方まで呑み明かしたのであった。

 

折角作ったその細工であるが、次の探索時に飛竜の襲撃で粉々に壊され、後日その飛竜を強襲して毒霧と砲剣で肉塊に仕返したのは、また別の話である。