世界樹の迷宮X妄想マスタリー雑記 4周目 天球を抱える星術士

思い付きでつづる妄想マスタリーも4周目ですって奥様

Ⅲ 序の話 イスマイル農場と赤髪の少女

飛行都市マギニア、それは巨大な飛行船の上に都市区画を築いた動く領土。空を駆ける巨大な領土は、その圧倒的な技術力の差と空を制した地の利から他国に脅かされることもなく、強国と名を馳せて気球による空からの侵攻を可能とする西方の帝国であっても真っ向から挑むことは無理であろう。

そんなマギニアの唯一致命の弱点が、飛行都市に住む王族と軍人、市街地の住民達を十二分に満たす程の大地を持たない事による食糧問題であり、マギニアの食糧事情の大部分を引き受ける土地は狭く、痩せ衰え、周囲を切り立った崖に囲まれた独特の自然条件により、他国との交流をほとんど持つことの出来ない不毛の地だ。しかしどれだけ不作だろうが、飢饉が起きようが、飛行都市の人間の腹は満たさねばならない。

飛行都市で日夜満足な食事をしている連中もそのことを問題視しているのか、余分な脂肪の乗った重い腰を上げて、絶海の孤島レムリアにあると伝承の残る「国を永遠に繁栄させる秘宝」の探索を国策として発表し、大々的に世界各地の有力都市や国家に助力を求め、共にレムリアに挑む者を集め始めた。そんな眉唾物な伝承に頼る前に、飛行都市の利を最大限に活かして上空からの降下戦術で都市の一つも乗っ取ってみれば話は早いのだろうが、圧倒的な飛行都市のおかげで数十年他国と争うことのなかったマギニアの軍人は練度が低い。低いというよりは他国と比べて優れているのか劣っているのかすらわからない。しかし例えば戦慣れした西方の帝国や周辺の海賊の鎮圧に明け暮れる南海の大都市アーモロードといった実戦を潜り抜けた勢力とぶつかり合えば、形だけの訓練しか行っていない童貞共など瞬く間に蹂躙されるだろう。立派な飛行都市に反して、詐欺師の語る儲け話程度の伝承に縋るしかないのが、この国の現状だ。

乾いて干からびた絶望的な景色の上で、赤い髪の少女は残り僅かな水を口に含み、ただただ空を見上げた。

 

「そろそろ我らも未来を選ぶ頃合いだ。ひとつ、このままマギニアの食糧庫としての使命を果たし、彼らが国を永遠に繁栄させる秘宝を見つけるまで耐え凌ぐ。ひとつ、我らからマギニアという枷を外し、飛空都市の機関部を破壊して、無駄飯喰らい共を永遠に絶海の孤島レムリアに閉じ込める。或いは秘宝を掠め取り、この枯れた大地に豊潤と繁栄をもたらす」

 

表向きの農場主で、この一帯を取り仕切るイスマイル農場の頭取であり、マギニアの軍属バグラッドが、そんなことを口にしたのが七日前。彼が持つ裏の顔のひとつである暗殺組織の幹部として、配下の者にマギニア乗船を命じたのが三日前。そして乾いた地面に座り込む少女に指令が届いたのが昨日の事。

そしてマギニアの王族や軍人に知られることなく飛行都市に乗船する為、経由地となるタルシスへと運ぶ気球が迎えに来るのが、今からおよそ四分後の事。

バグラッドはこうも続けていた。

「飛行都市を閉じ込めるか、冒険者として秘宝を発見して掠め取るか、それはお前たちで決めても構わない。レムリアに留まっている限りは期限も問わない。とにかく奴らを出し抜け」と。

少女は溜息を吐きながら、どうせ失敗しても今と同じままなだけだし、仕事としては気楽な部類だと、そんなことを考えていた。明確に標的と期限を指定されるよりは幾分か楽で、むしろ飛行都市を絶海の孤島に縛り付ける時期が長ければ、それこそ来年の徴収をひとつ飛ばすだけでも、この土地に残った連中は腹も多少膨れるし、今よりは喉も潤うだろう。つまり出来るだけ時間を掛けて、選択肢の中で最良の結果を手に入れてこい、そういうことなのだ。

(裏を返せば、レムリアにいる間は好きにしていい、ってことよね)

この際だから、上の顔もほとんど見たことも無ければ横に何人いるかもわからない組織を抜けて、冒険者として遠くの国に雇われるのも悪くない。その為には確固たる功績が必要なので、することは何ひとつ変わらないが、まったく同じ行動でも目的が違えば思い入れも変わってくる。

「さあ、少しは楽しもうか」

少女は目の前に降りてくる気球を前に、表情を僅かに強張らせた。

 

気球に乗っていたのは組織でも数少ない顔見知りの連中だった。

少女と同じく投剣を主体とする一回り程年上の女、ロザリー。

弓と銃による狙撃を得意とする青年、オズワルト。

隠密行動を得意とする青年、ラシャ。

普段は農場に従事している見習いの少女、アリス。

4人は少女と同じ赤蛇の旅団と称される部隊に所属する腕利きで、かつて何度となく共に仕事をこなしてきた。主な仕事は要人の始末で、赤蛇に睨まれたら誰もが蛙と化す、との評価を受けるくらいには対人能力に長けた部隊だ。つい先月もとある群島の領主に依頼されて、対抗勢力の貴族を3人ほど始末してきた。

組織の中で赤蛇がどの程度の地位にあるのか、他にどのような名前の集団があるのか、実際のところは少女も4人も知らない。噂話程度の情報では王族もいると聞いたこともあるが、バグラッド以外の幹部など名前も知らない。ただ自分達が赤蛇の所属だ、という事実だけを共通して理解している。

少女は見知った顔に緊張を緩めつつ、同時に組織の他の、顔も名前も腕もわからない何者かと組まされなくてよかったと安堵した。

「おい、とっとと乗れよ。ぼやぼやしてると置いてかれちまうだろ」

「わかってるよ」

少女は地面を蹴って軽やかに跳躍し、身体を捻りながらそのまま気球へと乗り込み、急かしていたロザリーの目の前に着地した。

「わざわざ言うことでもないけど、今回もよろしくね」

そう言って気球に積んである荷物を目視し、折り畳んである医療術士用の白衣に視線を留めて、これは医者か薬師のふりでもしてマギニアの軍内部に潜入しろとでも言うつもりだろうか、と首を傾げた。

「あー、それな。医者とか薬師として登録しておけば、王族様に何かあった時に近づけるかもしれないだろ。ってバグラッドに渡されたんだよ」

成程、確かに未知の孤島だと風土病に罹る可能性もあれば、治療と称して近づいて人質にするなり毒を盛るなり出来なくもない。幸いなことに技能のひとつとして習得した巫術なる系統の術の中には、傷を癒す術もあり、少女の腕でも簡単な怪我なら治すことが出来る。うまく装えば、王族を診ることも出来るだろう。ただし医者として近づければの話であるが。

少女は呆れた顔で白衣を手に取ると、真っ白な白衣が瞬く間に黒く染まっていく。

神から授かった加護と信仰心によって治療を行うメディックだが、人の死に触れると穢れを纏い、数多くの死に触れると白衣が徐々に黒く染まり、完全に黒く染まると加護を失うという説がある。少女はメディックではないものの、爪先から毛先まで夥しい数の死を身に纏い、直接自分の手を染めたものだけでも白衣を黒く染め上げるには十分すぎる程の仕事をこなしてきた。どんなへそ曲がりな神であっても、わざわざ加護など与えはしないだろう。

「黒衣の治療師は忌み嫌われるから、野戦病院でも避けられるって話だけど」

少女は黒く染まった衣を眺めて、これはこれで悪くないし、間違っても陽の当たるとは口に出せない真っ暗な道を歩んできた自分達に似合っている、と微かに口元を緩めた。

そう、黒衣を気に入ったのだ。

「たまにはこういう服装も悪くないわ」

少女は改めて黒衣に袖を通し、腰に人の頭を割るのに適したメイスと刀身のやや短い剣を提げた。

 

こうして少女と同僚たちは、マギニアに乗船する為に、経由地となるタルシスへと向かった。そこで冒険者や騎士団の連中に混じって、しれっとした顔で紛れ込む。追加で聞いた話では、当然のことだが自分たち以外にも組織の者が乗船するらしく、数日前にタルシスの町へと手配師が向かったそうだ。

 

少女の名はメイ。赤蛇の旅団の隊長(仮)であり、黒衣を纏った暗殺者(ナイトシーカー)である。