世界樹の迷宮X妄想マスタリー雑記 4周目 天球を抱える星術士

思い付きでつづる妄想マスタリーも4周目ですって奥様

Ⅲ 密林の飛竜と地を這う毒蛇

ギニア市街地の一等地に佇む冒険者御用達の酒場、通称〈クワシルの酒場〉は当然本来の酒場でもあり市民達からの依頼の紹介所でもあり、市街地の数ある飲食店の中でも特に数多くの冒険者が集う場所のひとつだ。

その酒場の一角で、大柄な紫色の髪の男と子どものように小さい白髪の男が、果実酒を飲みながら向かい合っている。

「まさかお前達から手を組もうと言ってくるとは思わなかったが、一体どういう風の吹き回しだ?」

「ジェントルと話し合ったのよ。組織の命令を達成するとして、どっちを選ぶにしても私達全員が積極的とまでいかずとも他の連中の動きを黙認する程度には、同じ方向を向いている必要があるわ。秘宝を掻っ攫う、マギニアの機関部を破壊する、どちらもマギニアから見ればクーデターに等しい行為よ。でも方向は随分と違う。そしてあの子は、あんたを潰すことで先手を打ったわ。他の組織の人間に対して明確に、秘宝を掻っ攫う、という選択肢を選んだのだと宣言したようなものよ。おかげで私達も他の連中も反対側には簡単には進めなくなったわ。まったく大したものね」

ロマーンが忌々しさと歓喜の入り混じった妙な表情で、果実酒の注がれたグラスを傾け、しかし自分達より大胆さと行動力で勝った少女を素直に称賛した。

 

一方、メイは密林の奥地に生息する飛竜の討伐に向かっていた。数多くの冒険者や衛兵をその爪と牙の餌食にした飛竜、その討伐隊に冒険者の中でも屈指の勢いのある赤蛇の旅団と、数日前に共に飛竜に襲われて出口を探し回ったレオという暗い雰囲気の青年、そして衛兵の中でも武勇に優れる者たちが選ばれた。

赤蛇の旅団は別動隊として飛竜の背後に回り込み、レオや衛兵達の本隊が引き付けている間に強襲する。そういう手筈だ。

「まさかあたしらがマギニアと共闘することになるとはなあ」

「皮肉なものね」

メイは細く溜息を吐き、目の前で羽ばたいている飛竜に視線を向ける。優雅に空を舞う竜と薄暗い道を這いまわる蛇、普通であれば空を飛ぶものに勝てる道理はない。しかしその道理を引っ繰り返す為に、知恵と技術があるのもまた事実である。メイはいつもの様に相手の動きを見極め、飛竜が完全に背を向けた瞬間を狙って飛び出した。

 

「今回の仕事、妙だと思わない?」

ロマーンが何杯目かの果実酒を飲み干して、考え込むように目を閉じる。

本来、組織の命令に選択肢は存在しない。現場での手段や手法は各々に委ねられるものの、どちらかをこなせばいい、という曖昧な命令を与えられたのは初めてだ。

「これは推測だけど、組織は今回の仕事で大幹部を選びたいんじゃないかしら」

「随分と話が飛躍したな」

ピカロは呆れながら果実酒を口に含む。すっきりとした酸味が口の中に広がり、必然的に肉を刺すフォークも進む。

組織の大幹部、中堅幹部のピカロも直接会ったことはないが、少なくとも彼が働き始めてからの数十年はそこまで昇った者はいない。実態がどうなっているかは知らないが、断片的に集めた情報を纏めると大幹部は6名で構成され、六花議会と呼ばれている。その全員が厄災と揶揄される大量の命を奪った暗殺者と考えられ、おそらく数の実績と実力と知恵、その異常性を生かし続ける強運ないし特異な資質、どれが欠けても選ばれることはない。

「あの小娘が厄災だとでも?」

「数で言えばそうでしょう。あんたに教えられて驚いたわよ、あの年で軽く百を超える数よ。どこを切り取っても真っ当な人間じゃないわよ。あたしが38、ジェントルでも41、これは組織の中でも少ない数字ではないの。おそらくあの副官やオズワルトも似たような数字のはずよ」

ロマーンは自らが口にした瞬間に背筋を氷が滑り落ちる様な寒気を感じた。

 

背後から強襲された飛竜は戸惑いを隠せなかった。己から見れば脆弱で無様に地を這う人間が、毒を浴びせ、脚を貫き、翼を切り裂き、脳を揺らす。これ程までに追い詰められる経験は初めてであった。飛竜には迷宮内に敵と成り得る存在がいなかった。駆け回る巨鳥も叢に潜む毒蠍も獰猛な虎も蜂もウーズも己には届かない。己はこの密林において絶対の王者であった。

それが背後から襲われ、今にも命を奪われそうになっている。

最後の力を振り絞って爪を伸ばす飛竜の瞳に、真っ直ぐに向かう剣が映り、熱を帯びた邪気となって視界を完全に奪った。

 

ロマーンはテーブルにだらしなく片肘を着いて、うつろな瞳で果実酒をグラスに注いでいる。

「だからね、私とジェントルはこう考えたのよ。あの子が将来、六花議会のひとりに選ばれる可能性があるのなら、恩を売っておいて損はないわ。あたしたちは長いものに巻かれる主義なの」

テーブルの向かいには、すでにピカロの姿はない。酔っ払った大男に呆れて、用を足す振りをして、椅子に上着を掛けたまま酒場を後にしたのだ。

「昔の上司もいい男だったわ。強くて逞しくて、飄飄としてて、騎士よりも冒険者が似合うような男だったの。あの子も、もしかしたらそんな大物になるかもしれないわ。ねえ、聞いてるの?」

酩酊した大男は誰も座っていない椅子に向かって喋り続けていた。

 

飛竜が断末魔の咆哮を上げる。その叫びを遮るように、メイが地に伏せた飛竜の喉笛を掻き切った。

勝利を確信した衛兵達から歓声が起こる。駆け付けた衛兵達から次々と称賛の言葉が掛けられる。メイは気恥ずかしさとむず痒さに衛兵達から顔を背け、その様子を眺めていたロザリーが揶揄うように笑みを浮かべる。

「なに?」

「別に。ちょっと面白れえなあと思ってよ」

ロザリーは笑い声を上げながら、メイの方をばしばしと叩いた。

「すごいわね、ほんとに飛竜を倒しちゃったわ」

ジェントルが焼き切れる寸前まで熱を帯びた砲剣を冷やしながら、メイと横たわる飛竜を眺める。ロマーンと語ったこともあながち外れではないかもしれない。この娘がこのまま冒険者として生き残り、腕を磨き続けたら、それこそ厄災と呼ばれる連中の域にまで辿り着くかもしれない。

副官に揶揄われて年相応の少女の様な表情を見せる赤髪の暗殺者に、思わず身震いするような感覚を覚えながら、桃色の髪の大男はその様子をしばらく眺めていた。