世界樹の迷宮X妄想マスタリー雑記 4周目 天球を抱える星術士

思い付きでつづる妄想マスタリーも4周目ですって奥様

Ⅲ 泥と君のあいだに

人は誰しも願いを叶えたい、だけど願いが叶った方が幸せだなんて神も誰も約束してはくれない

 

メイ達が冒険者ギルドに顔を出すと、ギルド長のミュラーから探索司令部へ向かうよう促された。どうやら赤蛇の旅団に対しての頼み事があるらしい。

これは信頼と取っていいのだろうか。それにしても冒険者の士気を保つ為とはいえ、自分達は勿論、どこの馬の骨ともわからない輩の前にまで直接姿を見せるのだから、どうもあの姫は無防備すぎる気がする。刺客やクーデターを目論む連中が居たらどうするつもりなのだろうか。

メイはここまで疑問を頭の中で掻き混ぜて、自分達も状況次第ではそっち側に回ることになるのだと改めて気付き、このまま警備が手薄な方が都合がいいかと考えるのをやめた。

これまでの報告はロザリーかオズワルト、或いはラシャに任せていた為、ペルセフォネ姫と直接会うのは上陸前以来だった。

「汝が赤蛇の旅団の隊長だったのとはな」

久しぶりに会うというのに顔を覚えられているとは思わなかった。記憶力が良いのか、それとも自分の赤毛が目立つのか、後者だとしたら暗殺者として少々不名誉で問題の残る事実だ。

「汝らを呼び寄せたのは他でもない、頼みたい事があるからだ。海都アーモロードより来た新米冒険者が、魔魚シルルスの討伐に向かっている。汝らには彼女を手助けしてやって欲しいのだ」

「あーそういえばそんな奴いたなあ、カリスって名前だったか」

姫の言葉を聞いて、そんな反応を返すロザリーに驚く。名前にもまったく覚えがない、何時どこでそんな冒険者と関わったのか。一抹の不安と疑問を抱えて副官の顔を見上げる。

「ネイピアから頼まれてただろ。同郷の新米冒険者を鍛えて欲しいって。お前は人見知りが激しいから、ジェントル達に代わりに同行させて鍛えたんだよ」

そういえば、そんな話を振られたな。とメイは思い出し、ついでに先日から妙につっかかってくる迷彩柄の外套を纏った少年の事を連想した。少年は水源豊かな「垂水ノ樹海」の探索中に何度か遭遇し、未熟な冒険者が未熟なまま迷宮に挑んで命を落とすことをどう思うか、その未熟な冒険者を無責任に導く者をどう思うか、と何かを問いかける様な攻撃的な言葉を、こちらが解せぬままに投げつけてきた。しかしカリスという新米冒険者の関係者なのであれば納得も行く、あれは彼なりの心配や庇護の心が形となったものなのだろう。

「続けてもいいか?」

姫が咳払いして、目の前のメイと副官に自らの意思を語った。

「私はあの者に死んで欲しくないのだ。獣王や飛竜を討ち果たした赤蛇の旅団であれば、魔魚も倒してくれると信じている。頼んだぞ」

「あまり期待せずに待っていてください」

魔魚の戦力も姿も知らないのに安い返事は出来ない。メイは正直に、自分達も命を落とす可能性があることを含めた言葉を返した。

本来であれば十分な下調べをしたいところだが、カリスが先行している以上、時間の猶予はない。他人の運命なのだから成り行きに任せる、というのも一つの案だが、折角築き上げた信用を失うのは損と言える。メイは探索司令部を出た足で、冒険者ギルドに戻り、ラシャとオズワルト、アリスを呼び出し、戦力よりも踏破力を重視した顔ぶれで迷宮に潜った。

 

「なぜカリスを行かせたんだ!」

迷宮の下層で、迷彩外套の少年が掴みかかってくる。黒衣を掴もうとする手を横から押し流し、バランスの崩れたところで足を引っ掛け、泥濘した地面に投げ飛ばす。立ち姿からそれなりの腕利きだと思っていたが、あまりに手応えがない。迷彩の内側から血が滲んでいる、どうやらここまでの道中で負傷を負ったらしい。ひとりで迷宮に潜るからだ。カリスといい、このロブという少年といい、独歩の精神は好きにすればいいが、どうして身の丈に合わない無茶をするのか。メイは指先に棘が刺さった様な苛立ちを感じながら、呆れた眼差しでロブを見下ろす。

「そんなに心配なら最初から一緒にいたらいいのに、八つ当たりなんてみっともない」

メイは吐き捨てるように言葉を掛けて、更に奥にいるカリスを追いかける。

どいつもこいつも。メイの頭にかつてつまらない失敗で命を落とした同僚を思い出す。つまらない奴だった。実力も伴わないのに身の丈に合わない功績を求め、手堅い警備の中で無謀な深追いをし、あっさりと命を落とした。人はいつか死ぬ、その瞬間がなるべく訪れないように警戒しながら生きている。その警戒を潜り抜けて奪うのが、マギニア上陸までの自分達の仕事だった。冒険者も同じだ。警戒して細心の注意を払って、危険な迷宮を進んで、成果を持ち帰る。なのに独りで身の丈に合わない無茶をして、怪我を負い、こうやって援軍を送られる羽目になる。

メイは異様な殺気を感じる扉の前で佇む、甲冑に身を包んだ重騎士の少女を視界に捉えると、歩幅を大きくして懐に飛び込み、鎧を抱えた身体を大きく捻りながら少女を地面に転がした。

「急になんデスか? あなた誰デスか!」

「探索司令部に依頼されて来た赤蛇の旅団よ。ペルセフォネ姫から頼まれてきたの。怪我をする前に帰りなさい」

「嫌デス。私はどうしても彼に認められたいんデス!」

妙に片言になまった少女を見下ろしながらメイが腰に提げた棍棒に手を掛けようとすると、ロザリーが割り込み、カリスに手を差し伸べる。

「まあ、落ち着けよ。あれだろ、ロブとかいうのに認められたくて、つい頑張っちまったんだろ。気持ちはわかるけどよ、それで死んじまったら元も子もねえだろ」

ロザリーがカリスを引き起こして、扉の前で待っているように伝える。

「そこでじっくり見てな。見るのも勉強だ」

と言ってロザリーがメイの肩を叩く。

「ここは魔魚を討伐して、全員が万事解決で帰ろうぜ。その辺りが落としどころだろ」

「……わかった」

メイは苛立つ気持ちを一旦抑えて、扉の奥にいる生物に意識を向ける。頭に瞳に毛先から足先まで冷徹さを宿す。意識は冷たく、身体は熱く。冷静に扉の向こうの、音を、気配を感じ取る。

泥濘が爆ぜる音が聞こえ、気配が一層強くなる。どうやら土中から出てきたらしい。

メイは扉を押し開け、魔魚シルルスと名付けられた巨大な鯰の化け物を見据える。背後ではカリスが赤蛇の旅団の姿を真剣な眼差しで見つめている。

オズワルトが火矢を放つ。それを合図にメイ達は魔魚に飛び掛かった。

魔魚シルルスは泥中から出てきた、出てきたということは潜ることも出来ると考えていい。地面に潜られる前に仕留める必要がある。その動きの起点となるのは胴体から生えた巨大な鰭の様な手足だろう。メイの合図でロザリーが跳獣から作った紐を巻き付けた拳で鰭の付け根を砕き、ラシャが短剣を突き立て完全に鰭の動きを封じる。アリスはバスケットから植物の種を撒き散らし、伸びた蔦が魔魚の体を縛り、メイは棍棒を振り下ろして魔魚の頭を叩き割った。

潜れない魔魚など翼を失った鳥と同じ。後に冒険者の間で流行る諺である。

魔魚は思いの外あっけなく討ち倒され、最後の力を振り絞った悪あがきも追いついたロブとカリスを傷つけることなく終わった。こんな痴話喧嘩に巻き込まれて命を落とすなんて不運な生き物だ。メイは今回ばかりは目の前の生物の遺体に同情を覚えながら、なにか強力な武器の素材になりそうな髭を根元から斬り落とした。

少し離れた場所で目に涙を滲ませるカリスと時折驚いた表情を見せるロブが、しばらく言い争いを繰り広げ、最後には共に冒険者として迷宮に挑む、という結論に落ち着いたようだ。

少年に認められたい少女、少女の身を案じる少年、ふたりの意見は互いを守るというひとつの答えを導き出した。

頭を下げるカリスとロブを見送って、メイは深く溜息を吐く。

「まあ、いいんじゃねえか、あれはあれでよ」

「別にいいんだけどね」

副官に疲れた顔を向けて、メイは足元の泥濘に視線を落とす。

人は誰しも望みを抱く、それは掌に収まるものもあれば、身の丈に合わない夢物語だったりもする。それでも人は誰しも願わずにはいられない。だけど願いが叶った方が幸せだなんて神も誰も約束してはくれない、願いが叶った後の世界が今までより祝福に満ちているとは限らないのだ。

メイは心の中で、新たな道を歩み出した冒険者の安否を少しだけ祈り、疲れた頭を抱えるように髪を掻いた。

泥がこびりついて髪に絡んでいる。無理矢理解いた痛みが微かにメイの顔を歪めた。