世界樹の迷宮X妄想マスタリー雑記 4周目 天球を抱える星術士

思い付きでつづる妄想マスタリーも4周目ですって奥様

Ⅲ 赤い鶏冠の無法者と壁を超える猿手のシノビ

迷宮「真南ノ霊堂」、数多の冒険者を苦しめる高低二段に分かれた迷宮。見上げれば吸い込まれるように高い天井、入り組んでいる一方で矢鱈と行き止まる通路、飛び越えるには高すぎる巨大な壁、地面と壁の上を昇り降りしながら進まざるを得ない霊堂は、一体全体どういう意図で作られたのだろうか。メイは細い二の腕に精一杯の力を込めて壁を登りながら、設計した過去の何者かを恨めしく思った。

体重が軽いとはいえ、10代半ばの少女の細腕で垂直に聳える壁の昇り降りを繰り返すのは流石に厳しい。この調子だと迷宮の深奥に辿り着く前に腕が上がらなくなるのではないだろうか。メイは額に汗を浮かべながら壁の端に足を掛け、なんとか登り切った。メイよりは幾分かマシなもののロザリーも苦戦を強いられているようで、途中途中で汚い言葉を毒づきながら壁に挑んでいる。そんな中、ラシャとマシラのふたりは、まるで床の上を歩くかのような速さですいすいと壁を上がり、上からロープを垂らして体が大きく装備も重たいベスティアに手を貸す。シノビと呼ばれる忍者は専門的な訓練を積んできたのか、特にマシラは猿手の異名を持つだけあって驚異的に速い。中身は老齢に近い年齢のはずだが、老いを一切感じさせることのない速さだ。

「なあに、ちょっとしたコツよ」

「そのコツを物にする前に、こんなとこ踏破したいけどね」

メイはマシラに皮肉っぽい物言いで答え、忌々しくもある壁の上から霊堂の全容を見渡し、一番無駄なく進めそうなルートを割り出す。

探索司令部からの情報によると古代レムリアに関する文献から、霊堂はレムリアの四方位に配置されており、上陸直後に発見された東土ノ霊堂に続いて二箇所目。文献の記述を信用するのであれば、この霊堂は通過点にしか過ぎない。事実、ペルセフォネ姫から冒険者に下された命令は次の島への足掛かりとなる樹海磁軸を見つけ出せ、というものであり、この霊堂に秘宝に関する情報がないであろうことは、他の冒険者達も司令部も口には出さないものの、はっきりそうだと認識していた。

他の冒険者が道を開くのであればそれでもいい。しかしどうやらマギニアのギルドの中で赤蛇の旅団が頭一つ抜きん出て先行しているらしく、誰かが磁軸を見つけるのを待つよりかは自分達が探し当てた方が速そうではある。

その原因の一つが眼下で真っ赤な鶏冠の様な頭を振り回している、巨大な猪の様な顔をした猛獣だ。何処の誰が名付けたのか、その名も無法の鐚呀怒狼。アードウルフという似たような顔つきの紫色の個体を何倍にも大きくした巨大な獣で、これまた誰が名付けたのか大量の火球を我武者羅に投げつける出怒炎弩、その巨大な鶏冠を振り回して地面を抉りながら襲う烈愚吠屠。名前も見た目も莫迦みたいな生物だが、この怪物が並外れた強さを誇り、これまでにも数多くの冒険者や衛兵を野戦病院送りにしている。

「あんな莫迦みたいな赤い頭が、なんであんなに強いのか」

「隊長、今から鏡でも見てくるか?」

「お前も似たようなもんだぞ、赤さで言えば」

「そういえば、その頭って地毛なのか。染めてるのか?」

「待て待て、お主ら、若者はそういう時期もあるものよ」

呟くメイの言葉に間髪入れず副官と同僚達が口々に続ける。この赤毛は地毛で、別に好き好んで赤いわけではないし、若気の至りでもないし、もっというとわざわざ橙色と赤色に染めているベスティアにだけは言われたくない。

「気にすんなよ、隊長! 赤い頭に弱い野郎はいねえってことだ!」

睨み返したメイに向けて、ベスティアが笑いながら彼なりの誉め言葉を放ち、眼下の赤い鶏冠を闘争心湧きたつ顔で見下ろす。

「さあ、隊長! ここらでどっちの赤頭が上か、はっきりさせてやろうじゃねえか!」

「あんなのいちいち相手にしてられないでしょ。出来るだけ避けて通るよ」

メイは壁の上から無法の鐚呀怒狼の周囲を見渡し、戦わずに済みそうなルートを幾つも頭に思い浮かべ、壁の下からは声を潜めて身を低くするように指で合図を出した。

 

赤い鶏冠が宙を舞った。ロザリーが左から何度も拳を振るい、生じた右の死角からメイが斬りつけ、猛獣は圧倒的な火力も空しく、その身を地に横たえた。さしもの猛獣も頭が飛んでまで生きていられるわけがない。素材になりそうな胴体の棘を抜きながら、自分より遥かに若い二人の腕に猿手のシノビは感嘆の声を上げた。同じ暗殺者の技を使いながらも、自分のものとはそもそも練度の高さが違う。忍術であれば誰にも引けを取らない自負はあるが、投剣や白兵戦での剣の取り回しは目の前の赤髪の少女の方が数段階上を走っている。

かつて所属していた三猿にもこんな人材が居れば、そうすれば対外的にもう少し強く上手く立ち回り、飛空都市に乗ることも絶海の孤島で老体に鞭打つことも無かったかもしれない。老シノビは心の中に微かな後悔を浮かべながら壁の上を進み、ようやく辿り着いた最下層の壁の向こうに巨大な甲羅を背負った異形の化け物の存在を目の当たりにした。

壁の上の侵入者に気づいた化け物が、その巨体からは信じられないような速度で近づき、優に人間大を超す巨大な拳を振り回す。

探索に余計な思いを抱えてしまったからか、単純に誰よりも壁を駆け回った疲労が足を止めさせたのか、正面から巨大な壁に阻まれたような衝撃を全身に受け、誰よりも身軽な男の体が紙屑のように宙を舞った。

最初に気づいたラシャが地面を蹴って、力なく落下する体を受け止める。

壁の上から化け物の縦長の亀裂のように幾つも連なった瞳が一行を覗き込む。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている、と何者かの書物で語られていたが、深淵を形にしたらこういう顔をしているのではないだろうか。そう思わせる様な不気味な顔つきだ。見る者の心を凍らせるような、異常で、異形で、異様な。ロザリーとベスティアがその巨体と異様に思わず息を飲む。メイは化け物の瞳を見据えながら、剣を投げるには僅かに遠い、と警戒心を強める。

化け物はテリトリーを脅かされなければそれ以上深追いしないのか、壁の上に誰もいないことを確認して、また壁の内側へと戻っていく。

「すまぬ、隊長。少々油断した」

「気にしなくていいよ。おかげであの化け物の習性が少しわかった」

メイはラシャと共にマシラの体を抱えて、迷宮の外へと駆け出した。

 

マシラの傷は想像以上に酷いものではあったが、しばらく治療に専念すれば復帰出来るだろう、とは彼の治療を行った医者と助手による診断結果だ。北のハイ・ラガードの公国から派遣された生真面目な医者と勝気な助手は、実に見事な腕前で折れた骨を接ぎ直し、傷口を素早く縫い合わせ、通常の半分ほどの速さで治療を終えた。

「探索司令からの指示なので危険は避けられないのでしょうが、あまり無理をしてはいけませんよ」

メイとロザリーは医者と助手に深々と頭を下げて、出張薬泉院と名付けられた診療所を後にした。

「こんな場所に診療所なんてあったんだ」

「衛兵が主に使ってるらしいぜ。もう一箇所、ケフト施薬院っていうエトリアから来た渋いおっさんがやってる診療所もあって、そっちは住人用の病院になってるってシリカが言ってたな」

「医者、様様ね」

「食糧庫や組織にもちゃんとした医者がいればなあ」

メイとロザリーは故郷と組織の人材の薄さに嘆息しながら、そろそろ治療主体の人材も必要になる時期だと考えていた。それほどまでに迷宮の探索は熾烈を極める。メイの基礎的な巫術やオズワルトの応急手当では追いつかない程に。