世界樹の迷宮X妄想マスタリー雑記 3周目 赤髪の暗殺者

思い付きでつづる妄想マスタリーも3周目ですのん

Ⅲ 右目の眼帯と時には語られる昔の話・3

自分達は海の男として数々の海賊と死闘を繰り広げ、勝利し、奪い、勇名を轟かせてきた。しかし今、目の前に拡がっているのは惨めに奪われる者の姿だ。

闇夜に乗して霧状の毒を撒かれ、慌てて霧の無い場所に向かったところを次々に鏃と弾丸で射抜かれていく。毒の霧が晴れた頃には水兵の数は半分近くまで減らされ、黒い外套を纏った腕利きの連中が次から次へと襲い掛かってくる。

ジールとゴンザロは果敢に戦ったが、それでも奇襲によって生まれた利には抗えない。それぞれ外套の刺客を10人ほど叩き伏せたところで傷を負い、残った水兵達を引き連れてロカ族の居住地から逃げ出した。それでも黒い犬のような目をした男が執拗に追いかけてくる。

おそらくこの男が襲撃者を率いている隊長なのだ、そう判断したジールとゴンザロは水兵達の盾となって立ちはだかり、三日月刀を振り回して応戦する。しかし短剣を投げつけられてジールが倒れ、剣を躱されたところを斬りつけられたゴンザロの視界には、悠然と立っている色黒の男の姿だけがあった。

「せめて名前を教えろ」

「レドリック・マギニアス」

淡々と答える男の告げた名前に、ジールとゴンザロは自分達が戦っていた相手が長らく敵対しているマギニアの戦士だと気づき、空を飛ぶ卑怯者と嘲笑っていた敵の中にも手強い者達がいるという当然の事実を今更のように思い知らされた。

まだ年若い次期王女は自分達を褒めてくれるだろうか。それとも失敗したことに落胆するだろうか。そんなことを考えながら、力の入らない目でレドリックを見据える。冷徹な何も思わない略奪者の目だ。自分達を逃がしてくれる、そんな虫のいい話は絶対に起こらない、そんな冷たい温度を感じない目だ。

その瞳を遠間から投げ込まれた火のついた礫が襲う。完全に不意を突かれたレドリックが慌てて身を反らすと、狙い澄ましたかのように更に火の礫が飛び掛かる。石を詰めた布に油を沁み込ませて燃やした簡素な石火矢だが、当たれば無事では済まない。目への直撃は避けたものの髪の毛から顔から燃やされたレドリックは、冷静に水兵ふたりの反撃を逃れるために森の中へと消えていった。

ジールとゴンザロが傷を押さえながら起き上がると、ロカ族の若い戦士が使っていた片手用の投石機を振り回わす赤毛の幼女がふたりを見据え、ひゅんひゅんと音を鳴らしながら火のついた礫を振り回し、ゆっくりと近付いてくる。

「お前、生きてたのか!」

「落ち着け! あとそいつを下ろせ!」

しかし母国語が違うのか、単に言葉が通じない状況なのか、少女は手を緩めることはなく、大きく投石機を振り回して火の礫を放つ。ジールとゴンザロは慌てて逃げ出し、少女もまた追いつけないとわかると、森の中へと姿を消した。

 

幼女が何処の誰かはわからない。

この後、レドリックの負傷と思いのほか手駒を失った組織は立て直しのために一旦退き下がり、結果として死者と積み荷がそのまま減った海の一族は幸運にも比較的損傷の少ない船で収まる人数になったことで早々に逃げ出し、居住地近辺のロカ族の生き残りは混乱に乗じて姿を消した。不幸にも何処かへ運ばれる積み荷の客人たちは組織の撒いた毒に倒れ、数日後に捕獲された幼女の身元を証言する者は何処にもいなくなってしまった。

そして不幸な人物がもう一人、山岳地帯付近の農場は当然の如く戦いの皺寄せを受け、山から落ち延びた水兵達は敵も味方もわからずに暴れまわり、凄腕の女剣士が駆け付けるまでに手痛い被害を被った。

ロザリーは怪我した顔を縫って貰いながら、捕獲された少女を残った左目で見下ろしていた。血のように赤い髪と瞳の、獣のような子どもだ。捕らえるまでに何人もの大人が礫やら釘やら投げつけられ、中には大怪我を負った者も、大怪我では済まなかった者もいたらしい。

「どうよ、ロザリンド。怪我は痛い? 泣いちゃってもいいんだよ? ほらほら、泣いてみなよ? お姉さん、笑わないからさあ。あ、でも今、一生分笑ってるか。ごめんごめん」

女剣士は厭味っぽく笑いながら、痛みに顔を歪めるロザリーを覗き込む。

組織の暗殺者は普段は普通の人間の振りをして農作業や加工業に従事している、そんな噂を聞いたことはあったが、まさか自分と同じ農場で働いている、普段はロカ族が来ても立ち向かいもせずに隠れていた妙齢に差し掛かった女が、組織の人間だとは思いも寄らなかった。

屈強な水兵を紙のように切り裂き、投げた剣がその頭を叩き割った光景が、渇いた血のように脳裏にこびりついて離れない。ただただ恐ろしく、残虐で、残酷で、しかし何よりも手に握った鉈よりも頼りになる姿だった。

「そうだ、ロザリー。あんたも組織に入りなよ」

「なんで?」

「私ね、この子を育てようと思うの。こんな小さいのに何人も怪我を負わせて、もしかしたらレドリック殿の顔を焼いたのもこの子かもしれない。素敵な素質じゃない。磨けばきっと立派な暗殺者に育ってくれると思うのよね」

妙齢間近の女は両手を咬み合わせて、小躍りしながら幼女を見下ろした。

「きっと素敵な子に育つよ。でも問題がひとつあって、私は子どもは苦手なの。だから意外と面倒見がよくて腕も立って素質もあって、私に絶対逆らえない借りが出来た助手をひとり探してるの。でも中々いないんだよね。ねえ、意外と面倒見がよくてロカ族の若いのを退けるくらい腕が立って、見たところ素質に溢れてて、私に命を助けられて右目の怪我だけで済んだロザリンドさん。そういう人材に心当たりはないかしら?」

「わかったよ」

「わかってって何が? 何が分かったの? お姉さん、ちょっと鈍感だから、それだけじゃわからないわ」

明らかにわかっているのに、茶化す様にロザリーの顔を覗き込む女に苛立ちを覚えながら、しかしとてつもなく重たい恩を背負ってしまった者は、嫌いな相手にさえ逆らうことが出来ない。

「その子の面倒も見るし、組織にも入る。これでいいんだろ?」

女はロザリーの髪を撫でながら、ポケットから眼帯を取り出し、右目の傷を隠すように結んでいく。

「言葉は大事だよ。あんたが言語化が苦手なのは知ってるけど、そのままだと子どもには伝わらない。もちろん大人にもね。正確な指示に明確な返事、これを損なった奴は簡単に命を落とす。ま、大抵私が足手纏いだからって始末してあげるんだけどね」

笑いながら恐ろしいことを言い放つ女を前にして、ロザリーは自分の未来がこの瞬間に決まってしまったことを悟った。おそらく想像以上に血生臭くて血みどろで血に塗れた道が待っているのだろう。

「何処の誰だか知らねえけど、お前も運がねえな。いや、生きてるだけ運がいいのか。よくわかんねえや」

ロザリーは赤毛の幼女にそう呟きながら、まるで嵐のように過ぎ去った数日間の疲れが急に襲い掛かるのを感じ、ゆっくりと左目を閉じた。身を寄せ合って眠るふたりは年の離れた姉妹のようにも見える。

「名前を付けてやらないとね。あとでロザリーに考えさせるか」

妙齢に近い女はふたりを眺めて苦笑しながら、火傷の跡が残る左の手の平をしばらく眺めていた。

 

ゲルトルート、春の嵐という意味の綺麗な響きの言葉だ。しかしあの数日はそんな綺麗なものではない、血溜まりで濁った地獄のような時間だった。ロザリーは一文字濁らせたゲルトルードという名を与え、発想が近いのか妙齢の女は別れを告げる嵐を意味する名前を付け、仕方ないので間に風を意味する言葉を携えた。

 

宿屋のベッドで眠るロザリーが重い瞼を開くと、メイが呆れた顔で迷宮に潜る支度をしている。

「遅い」

「たまにはいいじゃねえか。いつもはあたしの方が早起きなんだからよ」

大きく欠伸をして体を伸ばす副官の姿を眺めながら、メイは新たに到達した島で「桜ノ立橋」と名付けられた迷宮が見つかったことを告げた。美しく見る者の心を奪う桜が立ち並ぶ、空洞のように吹き抜けの形で階層が別れる異様な迷宮だ。底が見えない程に深く、原理はわからないが空に浮かぶ地面と浮島を使って進む必要がある、と先遣の衛兵達が語っていた。

春の嵐にならなきゃいいけどな」

「なにそれ?」

「別に。ちょっと昔の話さ」

ロザリーはメイの顔を見上げながら、残った左目と長年連れ添った相棒まで奪われてたまるものか、と心の中で熱を帯びるのを自覚した。