世界樹の迷宮X妄想マスタリー雑記 4周目 天球を抱える星術士

思い付きでつづる妄想マスタリーも4周目ですって奥様

Ⅲ キマイラと蛇の短剣

航海王女の足跡を追って迷宮を更に下層へと降りる。

基本的に迷宮や洞窟といった場所は人間の手から遠い場所ほど生物の力も強くなる傾向にある。その中でも弱者に分類される側が迷宮の入り口や浅部の見張りや警戒に辺り、強者は奥でふんぞり返る。人間の世界では単純に腕力や武力ではなく、権力や身分で奥に座る者が決まるが、迷宮では純粋な闘争力の強さのみでそれが決まる。だからこそ、知恵や幸運に恵まれてはいるものの、武勇に優れるとの噂は聞こえてこない航海王女に早く追いつかねばならない。

「アーテリンデ!」

蝸牛に芋虫に針鼠、雑多な生物の群れを蹴散らすアーテリンデの姿が見える。熟練の冒険者に加勢の必要はなさそうだが、だからといって加勢しないで眺めている時間も惜しい。メイは腰から短剣を数本取り出して放り、弧を描くように放たれた刃が複数の得物の瞳を穿つ。

「メイ、それに赤蛇の旅団。悪いけどあまり話している時間はないわ。魔物たちが思った以上に凶暴で。早くあの子を捜さないと危険なのよ」

「わかってる。手短に状況を教えて」

アーテリンデはクロガネJr.ことジュニアと共に航海王女を探していたが、執拗に追いかけてくる蝙蝠を彼女が引き受け、ジュニアを先に進ませた。しかし思った以上にこの迷宮の生物が手強く、群れで襲われたらジュニアも危ないかもしれない。当然、航海王女は更に危険な状況に陥っている可能性が高い。ふたつの心配事を抱えて、アーテリンデも心の余裕を失っている。

困った王女だ。航海王女の身に危険があれば、メイ達にとっても都合が悪い。しかし航海王女の危機を救い出せば、海の一族からの信頼も得られるだろう。ジールとゴンザロに連絡を取るだけでも一苦労している現状を変化させる機会ではあるが、こんなリスクを負ってまで望むことではない。航海王女に危機が訪れる前に捕まえて、アーテリンデに引き渡すのが最良だ。

颯爽と駆けていくアーテリンデを見送りながら、メイ達も彼女とは別の道へと歩を進める。どちらが正解のルートかはわからないが、仮にどちらが航海王女を見つけても問題はない。単に順番が変わるだけだ。

メイが警戒を強めながら進むと、どこからともなく狼の鳴き声が聞こえる。声の方向に進むと、地面に点々と続いていく血の跡。

「どうやら私達が正解みたいね」

「だな。まだ血の跡が新しい、とっととジュニアと航海王女を連れて帰ろうぜ」

走力に長けたメイとロザリーが足早に血の跡を辿っていくと、一匹の深手を負った狼が体を引き摺っている。そしてメイ達に気づき、西の方向を向いて一声吠えると、役目を終えたようにしゃがみ込む。

「よし、いい子ね。少しここで待ってなさい」

メイは巫術で簡易的な治療を施し、扉の奥から漂ってくる気配に神経を尖らせる。尋常ではない化け物の気配がする。この奥に航海王女がいるのだとしたら、化け物を刺激する前に急いで助け出さないといけない。

「しつっこいわね! いい加減にしなさい!」

航海王女の声だ。どうやらまだ命は落としていないし、声を出せる元気もある。然程傷も負っていないのだろう、絶対的な強運の持ち主との噂は本当のようだ。

メイは扉を開き、航海王女の前に立ちはだかる獣の姿を捉えた。一言では形容しがたい魔獣で、頭が獅子と2匹の山羊、身体は前半分が獅子で後ろ半分が怪鳥、背中に蝙蝠の羽を生やし、尾は毒蛇、まるで恐怖心から生み出された空想の産物のような姿だ。

「マギニアの手を借りる気はないわ! 下がりなさい!」

「下がるのは貴方の方よ」

メイは地面を蹴って航海王女と魔獣の間に飛び込み、その勢いのままに魔獣に短剣を投げつけ、獅子の片目の光を奪う。

「航海王女、ここは一旦下がっていろ。この場は我々が引き受ける」

ア・ローカが航海王女を下がらせ、ロザリーが外套を囮に魔獣の背後に回り込み、背中越しに山羊の頭へと剣を突き立てる。奇襲としては上々、しかし魔獣の勢いは衰えることなく、ロカ族の娘の張った地面を這い回る蛇のような封陣が捕らえるまで、怒涛のような猛攻は続いた。

しかし視界を奪われ、頭を砕かれ、脚と尾を捉えられては、さしもの魔獣もその力を発揮出来ない。空しく空を斬る獅子の爪を掻い潜りながら、メイは魔獣の喉元に剣を突き立て、開いた口にメイスを叩き込む。噛み砕かれたメイスの欠片がメイの頬を撫でるように傷つけるが、薄皮一枚程度の傷に怖じ気づくほど繊細に出来てはいない、突き立てた剣を両手で握り、捻りを加えて魔獣の頸椎を分断し、その命を刈り取る。

噴き出る鮮血を浴びながら、メイは魔獣の体から力が抜けていくのを確認し、安堵の吐息を漏らす。手強い相手だった。もし奇襲が失敗していたら、こうやって地面に転がっているのは自分達だったかもしれない。それ程の強敵だった。

メイは胴体から切り離されても動きを止めない蛇の尾を拾い、血と汗を拭いながら航海王女の元へと歩いていく。

「どうして助けてくれたの? あなたは敵国であるマギニアに仕えているんでしょ?」

航海王女の問いに、どう答えるべきか。正直にジールとゴンザロとの密約があるからと答えるべきか、しかし王女の誇りを傷つけたら今後手に入る情報も入らなくなる可能性がある。やはり黙っておくべきだろう。

なにか適当な理由が無いものかと思考を巡らせるメイに、航海王女が更に問い掛ける。

「どうして黙ってるの? 私を助けてくれた理由を聞いてるの」

「人を助けるのに理由など必要ない。それが誰であれ、目の前に危機が迫っていれば助ける、そういうものだ」

ア・ローカがメイの背後から代わりに答える。さすが若くして部族の長を担っているだけある、いいことを言う。

メイが感心しながらロカ族の長を見上げていると、航海王女もその言葉に納得したのか、メイに向かって、

「あなたは目の前で困っている人は誰であっても助ける、そういう人なのね」

と笑顔を交えながら言葉を掛ける。自分は断じてそんな立派な人間ではない。むしろ困っていようが無力だろうが、仕事であれば躊躇なく命を奪ってきた側だ。今更そんな真っ当な人格者として見られても困る。しかしわざわざ自分から汚れ仕事を行ってきたと暴露する必要もない。必要となれば語ればいいが、不要であれば黙っておくべきだ。

メイは生返事で航海王女の言葉を肯定し、せめてもの身の拠り所として砕けたメイスと刃の欠けた剣に視線を向けた。

 

しばらくして飛び込んできたアーテリンデに航海王女を渡し、先遣隊の遺品のことも含めての礼を告げられ、ようやくこの騒々しい迷宮から帰ることが出来る。

「マギニアには私の邪魔をしないように伝えなさい。国を永遠に繁栄させる宝は私達海の一族が手に入れるんだから!」

そう言ってアーテリンデに引っ張られていく航海王女を見送りながらもメイは、秘宝を手に入れるのは自分達だけど、と心の内で否定しながら、砕けたメイスと欠けた剣の代わりになるものを早急に用意しなければ、と明日以降のことを考えていた。

 

「お嬢ちゃん、あんたの持ち帰った素材で中々いいものが作れたよ」

翌日、メイとロザリーはネイピア商会に隣接する工房に顔を出していた。倒した魔獣から剥ぎ取った蛇の尾、アーテリンデから今回の一件の礼にと渡された蝙蝠の翼、これらはメイの新しい武器へと生まれ変わった。魔獣の尻尾を用いて作られた刀身が蛇のように伸びる暗殺者向けの短剣、蝙蝠の赤い翼から染め上げた明るい赤色の頑丈な長柄の棒。特に短剣の方は刀身が分解して数メートル先の得物でも狙える優れものだ。さすがにその距離になると精度も威力も落ちるが、相手からすれば敵を貫通して更に先も狙えるだけでも十分な脅威となるだろう。

「うん、気に入った」

メイは工房の職人に頭を下げて、蛇の名を冠した新しい相棒を腰に提げた。