世界樹の迷宮X妄想マスタリー雑記 3周目 赤髪の暗殺者

思い付きでつづる妄想マスタリーも3周目ですのん

Ⅲ 王家の亜流と後継者

先遣隊の資料を受け取ったミュラーは、レムリア島の地図と資料の記述に従い、軍事演習を切り上げて島内の霊堂へと調査隊を派遣、自らも陣頭指揮を執るために同行した。一方、海の一族もマギニアより先んじて秘宝へと辿り着くために精鋭部隊を送り込み、航海王女自らも護衛と共に霊堂へと向かったらしい。おそらく護衛の中にはアーテリンデもいるだろう、以前の迷宮での一件もあって王女も迂闊に単独行動を取ったりはしないはずだ。

ミュラーによるとペルセフォネ姫は未だ病床に伏せており、彼女が健在であればこう望むだろうとの憶測で動いているのだが、それは別に構わない。自分達には考えの及ばない信頼と理解があるのだろう。問題はそこではない。病床の姫を残してミュラーが容易に戻ってこれない迷宮に潜ってしまう事だ。衛兵の中でも武に長けた手練れを連れて行っては警備も十全とは言えない。その薄く延ばされた皮膜のような柔らかい隙を、突いてきそうな人間にメイは心当たりがある。

ひとりは例の冒険者ブロート、そして組織の連中。特に組織は元々マギニアの動力部を占拠して、レムリアに縛り付ける選択肢を用意されていた。これを機に動き出す連中がいても不思議ではない。

「霊堂に行く前に不安要素を叩いておかないとね」

メイは酒場で食事をしている東夷の武士団の4人に話し掛ける。彼らはまだ組織が把握していない可能性が高い。一方で自分達は当然として、しばらく共に行動しているロカ族にも、すでに監視の目が光っているかもしれない。

「ほんと、お前らのとこの組織ってめんどくせえな」

カイナの前に堆く積まれていたステーキが、まるでさっぱりしたスープのようにあっという間に口に放り込まれていく。

「まったくだ。病床の姫を狙うなど武士の風上にも置けぬ」

御太刀の手元に盛られていた大量の握り飯が、次々と飲み込まれていく。

「正々堂々と略奪と破壊を行えばよいものを。こそこそ這い回るなど腰抜け共のやりそうな事だ」

シャレコウベが頭が3つ4つ簡単に入りそうな桶に注がれた酒を、まるでお猪口で飲むかのように流し込んでいく。

「メイ殿。そういうことであれば私達も手伝おう。マギニアの姫君や王族を守る義理はないが、組織とやらが余計な力を得る方が厄介そうだ」

捨丸が店主のクワシルが運んだ魚のフライを数枚束ねて齧りつき、テーブルの中央に盛られた山のような小麦の麺をぺろりと平らげる。

(これ、私の食事にしたら何日分なんだろう……)

メイは彼らの食欲にたじろぎながらも、無理難題に近い頼みを引き受けてくれたことに礼を述べた。

 

翌朝、メイとロザリーは探索司令部と姫が伏せている軍施設周辺の警備をロカ族とアリスとベスティアに任せ、マギニア市街地から内部へと繋がる連絡通路の守りを捨丸ら武士団の4人に頼み、組織の中でも厄介な凹凸の無い壁面でも登れそうなマシラをオズワルトに頼んで他の何人かと纏めて市街地の外へ連れ出してもらい、現在組織で最も発言力と決定権を持つと予想されるレドリック・マギニアスの隠れ家へ向かっていた。その案内役をラシャが買って出てくれたのは意外だった。

「組織のナイトシーカー二人組によるとレドリックの隠れ家は郊外の廃墟を流用した、あ、あれだ」

ラシャが郊外の人の気配がほとんどしない廃墟を指さす。遠目には判断しきれないが、罠である可能性は低いと思う。それくらい無防備で、建物としても杜撰な、そんな佇まいの廃墟だ。

廃墟に向かって足を踏み出すメイの肩をラシャが掴む。

「なあ、隊長。改めて確認しておくが、今回はお願いに行くんだよな。レドリックと事を構えるような真似はしないよな」

「信頼してくれてるの?」

「モーゼス一家から、レドリックは組織の中でも抜きん出た技能の持ち主だと聞いた。隊長が腕が立つのは俺も認める、でもそれは年齢の割にはであって、あのレドリックとまともに勝負になるとは思えない」

真剣な眼差しで心配するラシャを見て、自分は仲間に恵まれている、と心の中に穏やかな風が吹くのをメイは感じていた。出自と育ちと境遇は幸運とはおよそ縁遠い劣悪なものであったが、それでも仲間に恵まれ、協力者にも恵まれ、泥中の蓮のような存在も確かにあることを改めて感じる。

「大丈夫だよ、今日は単なるお願いだから」

メイは顔に不安の感情を浮かべた仲間に微笑みを返した。

一方、レドリック・マギニアスは未だ決めかねていた。自分は分家の末端とはいえ王族のひとりだ、まだ若い姫や彼女に忠誠を誓う臣下や衛兵に危害を加えるのは本意ではない。しかし六花議会に次ぐ組織の幹部でもある、領民とも呼ぶべき食糧庫の民を飢えたままにしておくわけにはいかない。ふたつの立場に縛られた、まるで蜘蛛の巣にでも掛かったような気分で、レドリックは頭を擡げながら溜息を吐いた。

誰でも構わない、誰かどちらか片方でいいから代わってくれないものか。しかしそれを簡単に許すには己の生まれは重過ぎる。王位継承権の失われて久しい一族が作り上げた組織、アサシンに身を堕としてまで力を蓄えた祖父と彼の選りすぐった数名の大幹部、その手を血で汚してまで金と食い扶持の為に働く部下達、それらを簡単に捨てられるようならとうの昔に捨てている。

簡単に譲り渡すわけにはいかないのだ。それが例え、素質ある次世代の若者であったとしても。

レドリックは廃墟に進入してきた二人組の気配を察知し、その一瞬垣間見せた殺気から、単なる話し合いに来たのではないことを悟る。無碍にあしらえば手痛い反撃を行い、仕留めようとすれば闇に乗じてでも己が喉元に牙を突き立てるだろう。

 

メイは眼前の男を見上げる。これがレドリック・マギニアス、眼付きこそ野良犬を思い起こさせる鋭さだが、どこか品のある佇まいをしている。もっと残忍な男を想像していたが、思ったよりも温厚そうな空気を漂わせ、どうやら話は通じそうではある。

「はじめまして、レドリック殿下。赤蛇の旅団の隊長、ゲルトルード・ヴァン・メイストームです」

「噂は俺にも届いている。海の一族と手を組んだ、と。それにロカ族にエトリア東部の武士団共、随分と手練れを集めているようだな」

組織は思っていた以上に耳が早いようだ。わざわざ自分達を監視する人手があるなら、その人数を秘宝探索に回せばいいのに。メイは内心呆れながら毒づいたが、それが顔に出たのだろうか、レドリックが微かに眉をひそめる。しかしすぐに表情を戻し、それなりに言葉を選びながら、端的に確信だけを突いた問を投げる。

「ゲルトルード、お前は組織をどうするつもりだ?」

「秘宝を、ではなくですか?」

メイからしたら意外以外の何物でもなかった。こちらから頼みに来たので先手を打たれた形にはなったが、それでも投げかけられるとすれば秘宝に関する、或いはその譲渡先だと考えていた。

「別に今回の、お前が制したい動きの事じゃない。秘宝を手に入れて、その先の話だ。もしお前が海の一族に秘宝を譲り、マギニアをこの地に縛り付けられずにいたら、食糧庫は再び飢え、組織は瓦解するだろう」

そして秘宝が手に入らないとわかった時点で、マギニアは帰還準備に取り掛かるだろうから、そうなってしまうと探索に出ていた衛兵が警備に割り当てられ、動力部を制圧する機は失われる。マギニアを縛り付ける機会は今を於いて他にないのかもしれない。しかしそれならば今すぐ動けばいいことだ。動力部の場所はわからないが、内部への侵入手段など連絡通路以外にもないわけではない。非常用の通路や食糧の搬入口が少なからずあるはずだ。わざわざ意思を問う理由はなんだ。

メイは思考を加速させる。答えが出るとは限らない、しかしこの問いに漠然と答えてはいけない、そんな勘が働いた。勘よりも予感と言うべきかもしれない。この意図の読めない問いが分水嶺になる、そんな予感だ。

「レドリック殿下はどうしたいのです?」

メイは無礼は承知で問いで返した。すぐ背後に立っているロザリーを信じる、仮にこの答えが目の前の男の感情を逆撫でしても、自分の後ろに立つ副官は必ず守ってくれる。

心配は杞憂に終わった。レドリックは怒ることも窘めることもなく、口元に添えて、目を閉じて黙り込む。もしかすると今見せている姿が、この男の素の部分なのかもしれない。

時が長い。沈黙が重い。メイは額にじわりと汗を滲ませながら、目の前で思案に耽る男をじっと見据えていた。

「そうだな。俺はマギニアの王族に危害を加えたくない。しかし食糧庫の民が飢える未来は避けたい」

「私もです。故郷の皆を飢えさせたくない、だから私が秘宝を手に入れたい」

レドリックは苦笑しながらメイの顔を見下ろし、

「しかしだ、どちらも選んだせいで秘宝は手に入らず、マギニアをこの地に縛り付けることも出来ず、食糧庫が今後も飢える。最悪の結果だと思わないか?」

何故そんな言葉を口に出したのか、メイにもわからない。この時も後から考えてもわからない。強いていうならば運命を翻弄する神や意思のような存在が、犀を振ったとでも言うべきか。

「レドリック殿下、私に組織をくれませんか」

メイの言葉に最も衝撃を受けたのは他ならぬメイ自身であり、口を開いて眺めていたロザリーよりも、呆気に取られた顔をしたレドリックよりも、言葉にした本人が驚いたのであった。

「いえ、一時的に組織を預かりたいというか、邪魔しないでくれたらそれでいいんですけど、そのためには大幹部になるのが一番手っ取り早いというか、それにマギニアが帰還してもレドリック殿下が王族の立場を使って、えっと、その」

いつになくしどろもどろに言葉を連ねていく実にらしくないメイに、ロザリーは思わず吹き出し、レドリックも半ば呆れたような笑みを浮かべた。

「そうだな。奪われてしまったら仕方ないな」

レドリックは壁に掲げてあったマギニアの軍旗を握り、メイに向かって放り投げる。

「ゲルトルード・ヴァン・メイストーム、レドリック・マギニアスの名の下に命じる。組織はレムリアから帰還するまでお前が動かせ」

「いいんですか、本当に」

「構わん。どうせ行き詰っていたところだ」

どういう心変わりだろうか。レドリックは先程まであれだけ頑なに掴んでいた手綱を、いとも簡単に緩めてしまったことに自らが驚いた。理由はない。もし理由をでっち上げるのであれば、運を天に任せた、とでも言ったところだろうか。或いは目の前に突如現れた奇襲に身を任せた、というべきか。しかし彼に取ってはある種天啓ではあった。仮にこのまま自問自答していても、マギニアと食糧庫、天秤をどちらかに傾けられない自分には、秘宝を掠め取ることも民を飢えから救うことも出来ないだろう。それよりは言葉にはしないものの明確に答えを出している目の前の少女の方が、事を上手く運んでくれるかもしれない

「いいか、ゲルトルード。これはあくまで一時的な処遇だ。とはいえレムリアでの組織の全権を与えることに変わりはない。出来れば最良の結果を残せ」

そう言い残して、レドリックは廃墟の外へと歩みを進め、そのまま姿を消した。

メイとロザリーは、この気が触れたような流れに呆然と立ち尽くし、互いに顔を見合わせて事態をまだ飲み込めないままでいた。