世界樹の迷宮X妄想マスタリー雑記 4周目 天球を抱える星術士

思い付きでつづる妄想マスタリーも4周目ですって奥様

Ⅳ 迷宮を迷いし者(後)

飛竜に攫われて下層へと放り投げられたティコ達が目を覚ますと、周囲には衛兵達の物であろう武具が散乱し、褐色肌の元気そうな少女が心配そうな表情でティコの顔を覗き込んでいる。

「あ、目を覚ました! すごい勢いで落ちてきたけど大丈夫?」

「ええ。もしかしてあなたがエトリアのシリカさん?」

「うん。ねえ、君達、ボクと一緒にここから出るの手伝ってくれない?」

ティコは首を縦に振って、さっさと外に出ようとバッグパックの中にあるはずのアリアドネの糸に手を伸ばす。しかし飛竜の爪に引き裂かれたのか、バッグパックには大きな穴が開き、宙を待っている間に中身が撒き散らかされ、運悪くアリアドネの糸も貴重な回復薬も失われていた。

「糸がない。シリカさん、糸は持ってる?」

「ごめん、ボクも持ってないんだ」

どうやらシリカも糸を持っていないらしく、自力で出口を探すしかないようだ。ティコはエリルとソーレンセン、主の危機に駆け付けたヨハンネスを起こして、行方不明になっていたエトリアの商人を見つけたことを告げる。

「そうそう、もうひとり落ちてきた人がいるんだ」

シリカがティコ達が眠っている間に用意したテントを指さし、その傍らで手当てをしている暗い雰囲気の少年を呼ぶ。確かレオという死神と揶揄されている冒険者だ。

「レオ君もボクを探しに来てくれたんだけど、飛竜に攫われて落ちてきたんだよ。でもみんな生きててよかったね」

「前向きだね」

「エトリアでも迷宮に行ったこともあるんだ。その時は鹿とイノシシとカマキリを見に行ったんだけど、冒険者のおかげで無事に帰れたんだ。だから今回も大丈夫だよ!」

少々螺子が飛んでるくらいに前向きな気もするが、悲観的になられるよりは希望を持ってもらう方が数段いい。それに比べて、テントの傍らにいるレオは不吉な言葉を口にしている。

エリルはレオの横っ面を張り倒し、驚いた顔で戸惑うレオに思いの丈を浴びせ掛ける。

「いい? あなたが生きてるのも仲間が死んじゃったのも、ここでぐちぐち言ってても仕方ないでしょ! 生きて帰りたいんだったら私達に協力しなさい、帰りたくないんだったらそこで座っていればいいわ!」

「ボクだって死にたくないし、誰にも死んでほしくない。でも」

レオは反論するが、すぐに言葉を止めて、また暗い表情で俯く。どうやら余程重症のようで、彼が仲間の死という過去を振り切るには相当時間が必要だと思われる。ティコがどうしたものかと頭を掻いていると、樹木の陰から淡々とした口調で何者かが語り掛けてくる。

「そこの女の言う通りだ。生きて帰りたいんだったら立って歩け。その後は市街地に引き籠るなり、浅い階層で危険の無い範囲で冒険をするなり好きにすればいい」

ティコはその声に聞き覚えがあった。オリバーとマルコを助け、自分に助言めいた言葉を掛けた青年だ。

「アガタ、あなたも来てたの?」

「名乗った覚えはないが、まあいい。マギニア冒険者も衛兵も、揃いも揃って無茶をするから助けても助けてもキリがない。もう少し自重してもらいたいもんだ」

アガタは皆の前に姿を現し、その白髪交じりの頭を掻き上げて、言葉通り衛兵達を助けて疲弊しているのか額に浮かぶ汗を拭った。その額に薄くなってはいるものの十字傷が覗かせる。

「ねえ、アガタ。あなたはここから帰る方法を知ってるの?」

「いいや。俺も飛竜に攫われるそいつらを見て、慌てて後を追ってきたんでな。だが、入り口があるなら出口もあるのが道理だ。おそらくこの壁の向こう辺りにあると踏んでいるが」

アガタは樹木が絡まって出来た壁の裂け目をこじ開けようと短剣を差し込むが、壁が思いのほか堅くてこれ以上開きそうにない。

「金星(ウェヌス)の老墓守、お前の爪に火を灯せ」

ティコも掌から火球を生み出して、裂け目にぶつけるが、水分を多く含んだ樹木の表面を焼け焦がすくらいで、これ以上裂け目を拡げるのは今の力を封じられた状態での星術では無理そうだ。

「仕方ない、地道に探すか。道標くらいはつけておいてやる、お前らも気を付けて帰るんだな」

「え? 一緒に行くんじゃないの?」

「俺とお前らが?」

ティコの問い掛けにアガタが不思議そうな顔を向ける。どうやらアガタはあくまで独りで行動して帰るつもりだったらしく、一方でティコはこの場にいる全員で協力して出口を探すつもりだった。全員で協力した方が危険も少なく、出口が見つかるのも早いかもしれない、とティコは説得を試みる。それにもしアガタが単独行動をしている内に、シリカやレオが倒れることがあったら来た意味がなくなる、とも伝えると、アガタは仕方ないといった様子で、出口が見つかるまでは同行すると承諾した。

「いいか、出口が見つかるまでだ。そこから後はお前らでどうにかしろ」

「ええ。早く出口を見つけて帰りましょう」

こうして一時的な条件ではあるが、アストロラーベと元ムロツミ、海都出身者のふたりが、故郷を遠く離れたマギニアの地で手を組んだのだった。

 

アガタが含み針を飛ばし、眠った獣にティコが星術を撃ち込む。二人の連携は想定以上に息が合った。息が合う、というよりはアガタが占星術師との連携に慣れており、時に機先を制して獣を無防備な状態に追い込み、時に炎に怯んだ獣に刀を振るって止めを刺した。かつて海都の世界樹に挑んだものの、深都にまで辿り着けずに姿を消した彼を、実力的には並みかそれ以下と見做していたが、いざ実際に戦う姿を見ると腕はティコ達と同等かそれ以上のものがあった。特に素早さは図抜けている。エリルやレオが武器を1回振るう間に、2体も3体も斬り捨てていった。

「ずいぶん強いんだね」

「俺もそれなりに鍛えているからな。影を追って河馬を避けてた頃とはわけが違う」

「なにそれ?」

「こっちの話だ」

アガタはどこか懐かしさを覚える戦況に、かつて他の冒険者の後を追って凶暴な河馬を避けたことを思い出し、もしあの頃に今の力があったら、今の冷静さがあれば、未来は少し違ったかもしれないと一瞬だけ考え、しかしどれだけもしもを考えても現実は変わらないのだと再度刀を振るった。

どれだけ冒険者や衛兵を救っても、大事な人は帰ってこないし、何の罪滅ぼしにもならない。そんなことはわかっている。わかっているが、それでも命を落とす者は少ない方がいいに決まっている。アガタは渾身の力で鋭い牙を持つ虎の頭を叩き割り、未だに背後で暗い顔をしているレオに視線を向ける。

レオも道中でシリカに明るさに励まされたことで多少前向きになっているのか、しっかりと視線が前を向いている。

「レオとか言ったな。お前の気持ちはわからないでもない」

アガタの言葉に顔を向けるレオに、一言だけ告げた。

「俺も大事な人が死んだ」

それ以上は口にしなかった。別に同じ悲劇を体験した者がいることでレオを無責任に励ますつもりでも、自分の悲劇を分け与えるつもりでもない、ただ生き残った者にしか出来ないことがあり、生き残ってしまった限りは、結局のところ生きるしかないのだ。そこに気づくのに早いか遅いか、自分の方が少しだけ早かった、それだけのことだ。

レオは再び刀を振るうアガタの後姿を見据えて、鎌を握る手に力を込めた。

 

「ありがとう、ティコ。アガタさん。それにレオ君も。みんなのおかげで助かったよ!」

探索の果てに上階への階段を見つけ、消失点まで迎えに来たコッペリアハウメアとの合流を果たし、無事に迷宮を出たシリカが頭を下げる。ティコもアガタに礼を告げて、多少前向きになったレオに、もしそんなに気に病むならこれから仲間を作って彼らを助けたらいい、と言葉を掛けた。エリルも横っ面を叩いたことを気にしているのか、レオにぶっきらぼうに詫びの言葉を告げる。

「ありがとう、アストロラーベ。少し考えてみるよ」

そう言ってレオはシリカを送り届ける為にマギニア市街地へと向かった。

「もういいだろう。お前達との共闘もここまでだ」

「ありがとう、助かった」

「俺もだ。正直ひとりだと厳しかったかもな」

そう言って一応の礼を述べて、そのまま立ち去ろうとしたアガタだったが、借りを返さずに済ますのは気が引けるのか、不意に足を止めてティコ達の方に向き直る。横薙ぎに右手を振って一枚の羊皮紙をティコに投げつけ、気が向いたら訊ねろ、と言い残して風のように姿を消した。

羊皮紙にはマギニア市街地の見取り図と、その端に記されたバツ印が描かれていた。おそらくそこに彼の塒か連絡手段があるのだろう。ティコ達は事態が落ち着いたら訪れてみよう、と一旦ベースキャンプへと戻ることにした。

 

 

 

 

 

ギニア市街地は飛行都市マギニアの甲板部分に作られた街であり、冒険者や住民にとっては全てに等しいが、マギニアの基となる飛行船からすればそれはあくまで甲板の上でしかない。飛行船は多層階層式なっており、市街地の下には軍の倉庫や食糧貯蔵庫、資源保管庫、或いは動力機関や囚人を収容する独房や牢獄も存在し、その中の一角に地下街と呼ばれる区画がある。日の光が上からではなく真横から射し込むその区画は、決して広くはないが、それでも数百人或いは千人以上の住民が身を寄せ合うように暮らし、違法に増築された建造物が天井に届くまでに蔦のように伸びている。

アガタが市街地の一角から地下へと降りると、ひとりの少女が笑みを浮かべて彼を出迎える。

「今回はずいぶんと時間が掛かったのね」

「ああ、ちょっと厄介なトラブルに巻き込まれてな。余計な借りも作ってしまった」

「ふうん。それはお礼をしてあげないとね。ポタスとタンに土産の用意をするよう伝えておくよ」

アガタはそうしてくれ、と少女に告げて、そのまま地下街の奥へと姿を消した。

少女はアガタの後姿を見ると、くるりと軽い身のこなしで踵を返し、血のように赤い髪をなびかせながら地下街の外に目を向ける。大海原を占める景色の片隅に冒険者達の挑む島が、今日も静かに風に吹かれている。