世界樹の迷宮X妄想マスタリー雑記 4周目 天球を抱える星術士

思い付きでつづる妄想マスタリーも4周目ですって奥様

Ⅳ 地下街の少女

ギニア市街地は飛行都市マギニアの甲板部分に作られた街であり、飛行船は多層階層式の最上部、甲板部分に位置する。その下の内部の階層には軍の倉庫や食糧貯蔵庫、資源保管庫、或いは動力機関や囚人を収容する独房や牢獄が存在し、その中の一角に地下街と呼ばれる区画がある。日の光が上からではなく真横から射し込むその区画は、決して広くはないが、それでも数百人或いは千人以上の住民が身を寄せ合うように暮らし、違法に増築された建造物が天井に届くまでに蔦のように伸びている。マギニア建国以来、流れ着いた流民や市民権を剥奪された犯罪者が作った地下街は大きく3つの区画に別れ、マギニアが各地で人材を募る際に勝手に乗り込んだ不法居住者や居住権の無い脱落者が暮らす市街地と直接繋がる通称「勝手口」、その奥の窓に面した地下街の中での一等地、市街地に生きる者達の衣食住の多くを賄う酒場その他店棚が雑多にひしめく通称「揺り籠」、そして真横から射し込む光さえも届かない犯罪者や不法者の過密地帯、咎人の巣窟「どぶねずみの巣」。

アガタはマギニア冒険者を募る以前に、海都を出てから流れ着いた土地の連中と乗り込んだ類で、正規のギルドとして認められていない。当の本人も誰とも組むつもりが無いので認められる気も無い。気侭自儘に勝手口で暮らしている。

勝手口の夜は長いし、朝は早い。流民達が起きると揺り籠の連中が食材の調達や昨晩の出前の片付けの為に流れ込み、流民は仕事の為に冷めた飯をかっ喰らい、各々勝手に外に広がるレムリアに仕事をしに出掛け、まるで地鳴りでも起きたかのように一斉に騒がしくなる。

こうなると揺り籠も賑わいを取り戻し、我先に儲けようと店を開き、棚を空にしようと声を上げる。そんな中でのんびりと落ち着きを待つ一角がひとつ。ふくよかな女将が量も多くて旨い料理を提供する飯屋「朱の鳥飯店」に美人と名高い女医が店主を務める薬屋「薬餌」、老鍛冶屋が鎚を振るう武器防具装飾各種加工屋「ポタス工窟」、大柄で頭の禿げあがった奇妙なオカマが仕切る「タンブリンの酒場」、その一角で唯一、揺り籠の誰よりも先に目を覚ます自警団詰め所、明け方の「フリーン自警団」と宵の「ヴァリ分隊」、それらに加えて幾つもの店が隙間を縫うように敷き詰め合う一角をジェイルロックと呼ぶ。

アガタがまだ目を覚ましきっていないジェイルロックに足を踏み入れ、朱の鳥飯店に向かっていると、寝ぐせのついた赤髪に真っ黒い外套の少女が眠たそうに欠伸をし、アガタの姿に気づいて気さくに声を掛けてくる。

「おはよう、アガタ。随分早起きだね、えらいえらい。ここでは働かざる者生きるべからずだからね」

「あんたも随分早いんだな」

「まあね。君を助けてもらったお礼? それで忙しくてね、さっきまでポタスに武具を見繕ってもらって、ミューズに薬を揃えてもらって、タンから情報を買ってきたところだよ。おかげでほら、財布が軽い軽い」

赤髪の少女はずしりと詰まった布袋を手の上で玩びながら、アガタに食事でも付き合えと誘い掛ける。ふたりはそのまま朱の鳥飯店の暖簾をくぐり、女将お手製の朝食を待つ。

「なんで俺の礼をお前が済ますんだ?」

「君とはお友達だからね。お友達が助けてもらった礼は、お友達の私が返さないとね。でも助けられたのが君でよかったよ、私の部下だったら今頃、豚さんの餌作りで大変だったからね。あれ、重労働で嫌いなんだよ」

少女は厨房にちらちらと視線を向けながら、時折アガタの方に笑みを向ける。マギニア乗船以来の付き合いだが、未だに目の前の少女の事が理解できない。ある日突然、勝手口までやってきて、勝手に友達になろうと言い出し、勝手に友達認定をされて、勝手に借りを返された。彼女に作った借りが別の借りになるのか未だわからないが、それを材料に強請ってくるわけでも頼みごとをしてくるわけでもない。曰く、お友達に貸し借りなんてない、のだそうだ。

そうこうしている内に二人半分の体重はありそうな女将が、甘辛く煮つけた名前の分からない魚と、同じく名前の分からない植物を雑多に炒めた料理、故郷の米に似た雑穀を炊いた飯を置く。

「女将、今日も美味しそう」

「そうかい、嬉しいねえ。でも、ちゃんとお代は頂くよ」

女将が笑顔で少女の目の前に片手で掴める小型の酒樽を置き、少女の髪をわしゃわしゃと撫で回してから厨房に戻っていく。

「で、なんだっけ?」

「今回はどんな風に礼を返したんだ?」

「あー、それね。お友達を助けてもらった礼は、お友達を助けることで返せるわけだよ。ビルギッタっていう薬師の女の子が、例のティコ・ブライエンと仲が良いらしくてね、今ちょうど彼女が困ってたんだよ。そこでうちの手勢を送り込んだんだ」

うちの手勢ね、とアガタは不審な眼で少女を見据える。少女は通称どぶねずみの巣の住人だ、当然その手勢もどぶねずみの巣の住人である。勝手口の人間も揺り籠の人間も滅多に足を踏み入れない場所の人間を、外に出しても大丈夫なのだろうか。

「でもね、ティコ・ブライエンの君を助けようとした善意の分だけ、向こうがまだ恩が大きいでしょ。だからもうひとつ、何か手土産を用意してあげようと思ってね」

少女は目の前の食事に次々と箸を伸ばしながら、器用に煮魚の頭を挟んでアガタの方に向けて、

「そこでね、私は思いついたんだ。ティコ・ブライエンが使わなくても、こちらも恩を売れる形になるお土産」

「どんな?」

「人足だよ。それなりに使える暇なのを2、3人あげたら、それで貸し借り無し。これで晴れてお友達、という寸法さ」

そう言って煮魚の頭を丸ごとばりばりと齧り、酒をぐびぐびと飲み干し、目の前の皿をすべて空にする。もうすっかり見慣れた姿だが、おとなしそうな見た目に似つかわしくない食べっぷりだ。

「タンから聞いた話だと、彼女、君と一緒に迷宮を歩いたレオ君と協力して飛竜を倒したそうだよ。私は強い人と賢い人と金持ちは大好きだからね、是非とも素敵な関係を築きたいよね。だから選ぶのにも気を使ったんだよ。あんなに気を使ったのは、どぶねずみの巣の娼館に素敵なドレスを見繕ってあげた時以来だよ」

少女は立ち上がることなく、器用に上半身だけ飯屋の外に向けて、表を通り過ぎる雑多な連中の中から一人を見つけ出して大声で呼ぶ。

「ベルジア!」

少女が一声かけると、表から茶色い長い髪を垂れ流した細身の男が飯屋の暖簾を潜る。

何度か見かけたことのある少女の属する組織の手練れの一人だ。組織は正式な名称はないがマギニアからはヴェノム或いはバイパーと呼ばれ、勝手口や揺り籠の者からはドーマウスと称されている。

「探しましたよ、アザレア。ああ、アガタ君もいらっしゃいましたか」

ベルジアと呼ばれる男は丁寧な口調で喋りながら、しかし動作は大雑把に荒々しく椅子に腰かけ、赤髪の少女アザレアの皿に残った魚の骨を手掴みで口に運び、がりがりと齧り飲み干す。

「前にも言ったが、箸の使い方を覚えた方がいいんじゃないか?」

アガタが動じることなくベルジアに忠告すると、

「駄目です。武器以外を手にすると感覚が濁りますから」

そう言って、煮魚の汁を飲み干して口と喉に残った小骨を流し込む。

「ベルジアは仕事人だね。いいよ、その拘り。これからも精進しなよ」

「ありがとうございます。アザレア、人足の手配が終わりました」

ベルジアがそう呟くと、飯屋の外で3人の、この地下街では珍しくもない顔が並んでいる。

「右から夜盗、ならずもの、拳闘士です。詳細は必要ですか?」

「うん、いらない。丁寧にラッピングして、ティコ・ブライエンに届けてあげて」

アザレアは3人に歩み寄り、順番に顔を覗き込み、相手に対して相応の歪んだ笑顔を向けて、ぽんと肩を柔らかく叩いていく。

「君達は運がいい。豚さんの餌になるより、ずっと素敵な毎日が待っている。せいぜい励みたまえ。あ、それと、もし彼女が要らないと言っても、戻ってきてはいけないよ。君達は毎日毎日ちゃんと定刻通りに指定の場所に行って、ご飯でも食べながら使われるまで待つんだよ」

アザレアは人差し指を立てて警告し、そのまま飯屋の中に戻り、女将に今月分の食費と布袋を手渡し、そのまま鼻歌を歌いながら去っていった。

「それではアガタ君、私もこれで」

ベルジアは丁寧な口調で頭を勢いよく90度ほど下に傾け、すぐに元の位置まで戻し、表に並べた3人を引っ張りながら立ち去っていく。

イカレ共め」

アガタは目の前に残った冷めた朝食を食べ終え、女将に銅貨を渡して、ようやく騒がしくなり始めたジェイルロックを後にした。

 

その翌日、ティコ達がアガタの渡した地図のバツ印の場所に向かうと、そこには何かを隠すように地面に鉄製の蓋が埋め込まれている。

「この蓋の下にアガタがいるってこと?」

「かもしれませんし、単なる目印の可能性もありますね」

ティコとヨハンネスが鉄蓋の前で考え込んでいると、鉄蓋が下から押し上げられて、階段のついた細い縦穴からモノクルを掛けた明るい髪色の少女が顔を出す。

「あなたがティコ・ブライエン?」

「そうだけど、あなたは?」

「私は自警団のフリーン。どぶねずみの巣のアザレアから、あなたの護衛を頼まれたの。さ、早く行きましょ。マギニアの衛兵に見つかったら面倒なの」

フリーンに急かされるままに縦穴を降りると、その下には雑多な光景が広がる別世界があった。通称勝手口、流民と犯罪者が巣食う地下街の入り口で、綺麗に整備されて街路樹が立ち並ぶマギニア市街地とは真逆の印象の、建物やテントが立ち並び、道を飾る様に洗濯物や干した魚や絞めた肉が並ぶ、言ってしまえばスラム街の様な場所だ。

「この辺は治安はマシな方だけど、お客様とのトラブルも絶えないからね。アザレアが気を使って自警団に頼んできたの」

「アザレアって誰?」

「アガタは知ってる? 勝手口に住んでるアガタ。自称、彼のお友達の女の子」

どうやらアガタの知り合いが招いてくれるらしい。嫌な予感しかしないが、この場で星術の一つでも撃とうものなら、無事に市街地に戻れる可能性は極端に低くなる。

「先生、どうします?」

「そうね、帰ってもいい?」

「あははは。心配しなくても失礼なことはしないよ。あの子はその辺はちゃんとしてるから」

フリーンが笑いながら答えて、屈強な自警団らしき連中と挨拶を交わしながら、軽い足取りで外からの光量の多い一角に向かっていく。時折、泥棒らしき輩が自警団に囲まれて叩きのめされていたり、露店商に棍棒で殴られたりしているが、よくある風景なのかフリーンはまったく気にしていないようだ。

「私も来たばかりの頃は怖かったけど、3年も住んでると慣れちゃって」

「まあ、迷宮の魔物なんかとか比べるとね」

「聞いたよ。あなた冒険者なんでしょ。私も昔、新大陸の開拓団にいたんだよ。まさか本国と連絡が途絶えて、マギニアに拾われるとは思ってなかったけどね」

フリーンはあっけらかんと語り、その頃に新大陸に流れ着いたアガタとも知り合ったのだと説明した。どうやら海都を去ったアガタは外海に出て、新大陸に流れ着き、そこで開拓団の一団と寝食を共にし、マギニアに乗り込む事になったそうだ。

「はい、到着。ここがタンブリンの酒場」

フリーンが足を止めると、そこには比較的しっかりとした作りの酒場が建っていた。彼女曰く、店主のタンブリンは開拓団相手に商売していたオカマで、隣の朱の鳥飯店の女将も同様に開拓民相手の宿を経営していたそうだ。

クワシルの酒場が洒落た雰囲気の少し高めの店だとしたら、こちらは二つ並べて場末の大衆居酒屋といった風情だろうか。故郷アーモロードの羽ばたく蝶亭も景色の良いリゾート地の酒場といった風情で居心地がよかったが、こういう場所も悪くない。

ティコが早速酒を頼もうとすると、店のドアが開いて、赤い髪の少女が駆けこんでくる。

「ごめんごめん、お客様を待たせちゃうなんて。おお、あなたがティコ・ブライエン、噂通りの美人だね。私はアザレア・シュバルツェン、お友達のアガタが世話になったようで、代わりにお礼を言うよ。フリーンもありがとう。御代は自警団詰め所に払っておいたから、間違いないか確かめておいて」

赤髪の少女が捲し立てるように挨拶を済ませ、慌ただしく酒と料理を注文し、てきぱきとティコの目の前に料理と酒を運び、ふっと一息吐いて椅子に腰かける。

「さて改めて、私は通りのずっと向こうに行ったところの集合団地、通称どぶねずみの巣に住んでるアザレア。ねずみが嫌いだったら虫籠でも鳥籠でもなんでもいいけど、マギニアから色々と目をつけられてて、私達はそう軽々と上に行けないんだよ。当然向こうも易々と下には来れない。私達は簡単に下の食糧庫から何から制圧できるけど、向こうも手段を選ばなければ簡単に地下街を一掃できる。つまり不可侵条約ってやつだね」

アザレアはティコの持つ果実酒の入ったグラスに、自分の持った葡萄酒の入ったグラスを合わせて、軽く触れて音を鳴らし、ぐいっと飲み干し、

「でも上の事情と私達は関係ない。君はアガタを助けてくれた大事なお友達、困ったことがあったら何時でも来ていいよ」

そう言ってティコの手を握り、上下に何度か振る。冷たい蛇にでも巻き付かれたような嫌な感触が掌を襲う。しかし目の前の少女は悪気を一切感じさせない屈託のない笑顔でティコを見つめ、しばらく食事と酒を楽しみ、ちょっとしたお土産だと言って地下街で職が無くて困っている3人を連れてきて、もし人手が足りない時は彼らを雇ってあげて、と紹介していったのだった。

「なんだか嵐の様な子だったね」

「そうですね。あまり信用してはいけない類の人間だと思いますが、すでに知られたからには刺激しないようにした方がいいかもしれませんね」

「そうだね」

ティコとヨハンネスは互いに顔を見合わせて、帰り道を屈強なライオンの様な風貌の男に護衛されて、不思議で奇妙な地下街を後にした。