世界樹の迷宮X妄想マスタリー雑記 4周目 天球を抱える星術士

思い付きでつづる妄想マスタリーも4周目ですって奥様

Ⅳ 同郷の新米重騎士

飛竜を討伐して探索司令部からの信用を強めたティコ達が新しい迷宮「垂水ノ樹海」探索の為に、ネイピア商会を訪れると店主のネイピアが、いつも以上の笑顔で迎えてくれる。ネイピアとの付き合いも長い。海都の頃から数えると5年を超える付き合いだ。その間にわかったことの一つが、店主が人に何かを頼むとき、いつもより笑顔が大袈裟になる癖だ。

ティコは頼みごとに違いないと即座に気づき、しかし店主の頼みごとはそれほど無茶なものではない、ことを知っている為に快く引き受ける為に笑みを返す。

「なんじゃ、お主も笑ってからに」

「だって、頼みごとでしょ?」

「その通りじゃが、どうしてわかったのじゃ?」

「顔に書いてるよ」

ネイピアは慌てて鏡を見る。その様子を見て、ソーレンセンが、大丈夫ですいつも通り美人ですよ、と声を掛ける。

「そんなことを言っても値は負からんぞ」

とネイピアがそっけなく返し、そんなことよりと本題を切り出す。

海都アーモロードで旧知の仲にある冒険者が飛行都市マギニアに乗り合わせた。素質はあるものの少々危なっかしいところがあり、冒険者仲間からも見放されそうになっている。それを聞いたネイピアは里心が働き、ティコ達のような熟練の冒険者と同行すれば相応の経験にもなり、自信にも繋がるだろうと考えた。

「勿論ただでとは言わん。報酬は約束する故、頼まれてくれぬかや?」

「いいよ」

「よろしく頼むぞ。それともう一つ、こっちはついでで構わんのじゃが、蛙の頬皮を手に入れてくれぬか?」

ネイピアがついでにと蛙の調達を頼んでくる。海都アーモロードにある羽ばたく蝶亭、そこの名物料理の一つが蛙肉の料理だった。考えてみれば海都を離れてしばらく経つ、気丈に振る舞うこの店主も懐郷病にでも罹っているのかもしれない。

「いいけど、料理なんて出来たの?」

「なぜ料理に使うとわかったのじゃ?」

ネイピアが怪訝そうに眉をひそめ、さてはお主も蛙肉に胃袋を掴まれたくちだなと、にやりと笑みを浮かべる。

「懐かしいのう。あやつに満面の笑みで、さあ食え、と出された時はぎょっとしたものじゃが、食べると案外美味でな。だが、あやつはアーモロードに残っておるから、蛙料理を食すことは出来ん。肝心の大型の蛙もおらぬと思うておった。しかしじゃ、聞けば次の迷宮はアーモロードの世界樹にあったものと似ておるとな。ならば我自身が作ってみるのも一興と思うてな。上手く作れたらお主にも御裾分けしてやろうかの」

ネイピアは余程懐かしかったのか饒舌に故郷の酒場の店主との思い出を語り、ティコに蛙料理を振る舞うと約束したのであった。

 

色鮮やかな花と中央に座した滝に彩られた美しい迷宮「垂水ノ樹海」、ネイピアの言葉通り、アーモロードの冒険者からしたら懐かしさを覚えざるを得ない迷宮だ。その入り口に重厚な鎧を着込んだ少女が待ち構えていた。

「よろしくお願いするデス!」

どこか片言な言葉遣いの少女はカリスと名乗り、彼女がネイピアの頼んできた海都の冒険者なのだろう。元老院に出入りする冒険者であれば、一度くらいは会ったことがありそうなものだが、どうも見覚えがない。このレムリアで初めて迷宮に挑む新米というところか。

「ティコ、あなたも海都の住民でしょ。会ったことないの?」

「あのね、アーモロードに何人、人が暮らしてると思ってるの。住民全員の顔と名前をしってるわけないじゃない」

「でも、あっちは知ってるみたいよ」

カリスはティコの名前を聞いた途端に、不安そうな顔でこちらを見つめ、口からは「元老院全壊」だの「深都城門爆破」だの「港を半分吹き飛ばした」だのと物騒な単語が次々に毀れ出す。

「大丈夫よ。こいつ、その罰で力を封じられてるから」

「私ごと魔物を吹き飛ばす、なんてことないデスよね?」

「多分」

不安を隠せないカリスにエリルは安心するよう声を掛けたが、徐々にではあるが力を取り戻しつつあるティコがどれほどの星術を使うかは予想しきれない。飛竜を倒したことで、またひとつ、封じられていた術杖を手にする事に成功したティコの術は、数日前よりも数段強力なものになっているだろう。

肝心の当事者は、珊瑚から出来た銀粉と古魚の鱗で装飾した上位占星術師が授けられる術杖を手に、早く星術を使いたくてうずうずと迷宮の奥を眺めている。

せめて星術で吹き飛ばされた時は、速やかに治してあげようと心の中で覚悟して、エリルは大丈夫と心ない言葉をカリスに掛けた。

 

カリスは正直に言うと冒険者に向いている類ではなかった。凶暴な魚や蛙に怯えて目を瞑る少女らしい少女で、冒険者として迷宮を歩くよりは飯屋で給仕をしている方が似合っている、そんな少女だった。

体力はある、筋力もある、気力もある、剣の腕も盾の扱い方も教科書通りに基本を押さえている。しかし肝心の中身があまりに冒険者らしくない。もっと血生臭い、返り血を浴びても動じないくらいでないと、この先やっていけないだろう。

「向いてないと思うよ」

ティコが素直に告げると、カリスは納得しないのか顔をしかめる。しかしそんな顔をされても冒険が出来るわけではない。ティコはコッペリアに叩き斬られて絶命した魚の頭を抱えて、カリスに向けて放り投げる。

甲高い叫び声を上げて後ずさるカリスに、そういうところがだよ、と説明し、今日のところはゆっくり休むようにと帰還を促して、新米冒険者の背中を見送った。

「まあ、今のままじゃ無理ね」

「でも、あなたも最初は新米だったんでしょ。もっといいアドバイスをしなさいよ!」

噛みついてくるエリルに顔を向けて、ティコはかつて自分が新人だった頃を思い浮かべる。初めての迷宮、周りに人がいない状況、どれだけ星術を使っても怒られない環境にティコは一喜一憂し、不必要に大きな術を使って蛙を吹き飛ばしたり、植物に擬態した魔物を圧縮した星術の練習台にしたり、逃げ回る大型獣を開発中の隕石召喚術の実験台にしたりした。

「私の時は、絶好の事件場が出来たなあって一喜一憂してたから」

「そういえば、あなた冒険者になった頃にはすでに今より数段強い術を振るってたわね」

エリルはかつて共に海都の世界樹に足を踏み入れた時の光景を思い出した。その時に感じた実力と才能の差をきっかけに、それまで従姉妹と共に学んでいたウラニブルグ天文台からステルネブルグ天文台に移り、占星術師ではなく巫医としての道を歩むことを決意したのだ。あの頃のティコ・ブライエン14世を称するなら魔王や破壊兵器といったところか。悩む新米冒険者の気持ちなどわかるはずもない。

エリルは溜息を吐きながら、遠ざかっていくカリスの後姿を気の毒そうに眺めた。

 

ティコ達が更に迷宮を探索していると、昨日食事を共にした赤髪の少女が、生っている果実を切り取って食べていた。

「あ、ティコ。奇遇だね、こんなところで」

「そう軽々と上に行けない、って言ってなかった?」

赤髪の少女アザレアは笑顔でティコに果実を渡し、みずみずしく甘い果実を食べてみるように勧めながら、ねずみがどこからでも出てくるように、地下街の人間もひとりぐらい抜け出ても気づかれないのだよ、と鼻を鳴らしながら説明した。

「それで、なんでこんなところにいるの?」

「食糧調達だよ。地下街にも色々あるにはあるんだけど、基本的には食糧不足でね。それに魚以外もたまには食べたいじゃない」

アザレアは袋に入れた果実を見せつけて、この迷宮には新鮮な果実が大量にあり、マギニアの連中ばかりその恩恵を受けるのも面白くない、と語った。

「というわけで、ちょっと一緒に食糧調達しない?」

「ねえ、ティコ。この子が例の地下街の」

「そう、私はアザレア・シュバルツェン、アガタのお友達で最近ティコともお友達になったんだ。よろしくね」

そう言ってアザレアはエリルの手を握り、上下に振った。エリルは蛇に巻き付かれたような感触に、思わず背筋を冷やしながらも目の前の屈託なく笑みを向ける少女に、そういうことなら自分もお友達になって差し上げるわ、と強気で返す。

「よろしくね。ここの魔物、結構強くてさ、密林にいるのとは格が違うのかな」

そう話すアザレアだが、見たところ傷らしい傷も負っておらず、対照的に手に握った鮮やかな赤色の長柄の棒は悍ましいくらいに血に染まっている。よく見るとアザレアが腰かけているのは岩ではなく、大きな布袋で、中に仕留めた蛙や魚が詰め込まれているのかじんわりと赤黒く滲んでいる。

「ああ、これ。さっきまで調達してた食糧。食べれる物は果物でも魚でも獣でも、なんでも持って帰らないとね」

そう笑顔で答えて、アザレアは次の果実の成る場所へと向かって走り出した。

 

茶色い楕円形の産毛の生えた果実、鱗を重ねたような紫色の果実、その他柑橘や甘い果実を大量に収穫し、バッグパックが血生臭い袋を小脇に抱えて動いている姿と化したアザレアは、ティコ達に小さく手を振って別れ、予期せぬ来客に驚いたものの無事に蛙の頬皮も手に入れたので一旦マギニア市街地に戻ることにした。

市街地に戻ると、背の低い迷彩柄の外套を羽織った少年がティコ達に敵意を剥き出しにした目を向けて待ち構えていた。

「お前達がアストロラーベか。お前たちに聞く、冒険者が樹海の奥に進み、未熟さの為に命を落とす。これは自業自得だと思うか?」

この少年の言いたいことは何となく察しが付くが、突然敵意剥き出しで食って掛かる相手と話をする程お人好しではない。ティコが、さあどうだろうね、と当たり障りも無い答えを返すと、怒りの導火線に火をつけたのか大きく舌打ちをして、自分達の行為がどんな結果をもたらすのかよく考えろ、と言い捨てて立ち去って行った。

「カリスのことかな?」

「でしょうね。ネイピアが言ってた冒険者仲間、それが彼なんじゃない? それ以外に心当たりがないもの」

やれやれとティコが肩を竦めていると、ネイピアが珍しく店の外に出て、ティコを手招きしている。

「お主たちも絡まれたようじゃのう。先程のあやつ、我のところにも来たぞ。どういうつもりだ、と凄い剣幕でのう」

「それで?」

「ここは店じゃ、冷やかしなら出ていけ、と追い払ってやった。銭を持っている客なら話を聞いてやらんこともないがのう」

そう言ってネイピアはにやりと笑い、ほれ、と短い言葉を発して手を伸ばす。どうやら蛙料理を待ち焦がれていたらしい。それで我慢出来ずにここまで出迎えに来た、といったところか。ティコが蛙の頬皮を渡すと、小躍りしそうなくらいに顔を明るくする。

「で、さっきのは誰?」

「あやつはロブ。カリスとは幼馴染での、マギニアに乗り込んでからしばらく一緒に冒険をしておったそうじゃ。それがある日突然、理由も告げずに同行してくれなくなっての、あやつに認めてもらおうとカリスは励んでおるわけじゃ」

「ふーん」

「あまり興味が無いようだのう」

ティコは一拍おいて、ネイピアの目をじっと見据えて、

「要するに痴話喧嘩でしょ。昔から言うじゃない、痴話喧嘩は猫も食わない、って」

「それをいうなら夫婦で犬じゃ。しかしまあ、お主の言いたいこともわからんではないぞ。あやつらの問題はあやつらが解決せねばならん。だが、同郷の者が困っておるとお差し伸べたくもなるものじゃ」

ネイピアが困ったものだと言わんばかりに肩を竦めて、そんなことより蛙料理だ、と張り切って店に戻っていく。ティコ達も懐かしの蛙料理のご相伴に与るために、一緒にネイピア商会へと向かっていった。