世界樹の迷宮X妄想マスタリー雑記 4周目 天球を抱える星術士

思い付きでつづる妄想マスタリーも4周目ですって奥様

Ⅳ 後悔と逡巡と

ネイピア手作りの蛙料理を堪能した翌日、ティコ達は再びカリスを連れて迷宮を探索していた。先日の不甲斐なさを反省したのか、カリスは最初から盾と剣をしっかりと構え、蛙や魔物に襲撃されても叫び声を堪えて懸命に挑んでいる。

その姿を見てティコは、まあ慣れだよ、と助言にもならない適当な言葉を掛けながら、カリスが仕留め損なった魔物を片っ端から焼き払った。

「あ、そうだ! 衛兵の調査が終わって、この階層の奥まで進める許可が出たんデス。そこにはオオヤマネコっていうガチでヤバイ魔物がいるらしいので、今日はそれを目標にさせて下さいデス!」

オオヤマネコ、酒場の冒険者も語っていたが、虎のように大きい山猫で、腕利きの冒険者や衛兵が次々に負傷している、実に危険な魔物なのだそうだ。更にそれ以上に危険な河馬が要所要所で陣取り、追いかけてくる河馬と挟み撃ちにされた日には生きた心地がしなかったという。

カリスの腕では不安が残るが、その時は自分達でなんとかすればいいだろう。ティコ達は気を引き締め直して、奥へと続く扉を開いた。

扉の向こうでは河馬が呑気な様子で果物を食んでいる。今のところ気づかれる様子はないが、視界内に足を踏み入れたら流石に気が付かれるだろう。出来れば避けたいので、どうしたものかと考えていると、コッペリアが河馬を凝視して首を傾げる。

「どうかした?」

「いえ、あの河馬、どこかで見た覚えがあるような気がします」

河馬は海都の世界樹にも生息していた。確か地下3階辺りだったろうか、そこで見覚えがあるなら、今目の前にいる河馬に既視感を覚えても不思議ではない。

「否定。私はアーモロードの迷宮に立ち行ったことはありません。それに」

「それに?」

「誰かにすごく迷惑をかけてしまったような……記憶回路に異常発生。一時的に機能を停止し、再起動します。」

コッペリアが瞳を閉じ、膝を着き、肩の観測装置から風を起こして放熱していく。その動作に気づかれたのか、河馬がティコ達に向かって、鼻息荒く獲物を見る目で様子を伺っている。

「気づかれたようね。カリス、しっかり防御を固めておいて」

「はいデス!」

カリスが盾を構えて河馬を待ち受ける姿勢を取る。それを敵対の合図と捉えたのか、河馬は大きく力を込めるように身を低く屈め、突撃の準備に入る。

「集まれ集まれ黒蜘蛛(ブラックウィドウ)、宴の時間だ、杯を満たせ」

ティコが掌に元素を圧縮させていく。同時にヨハンネスも脚を絡めとる陣を張り、ソーレンセンも衝撃に備えて時間差で発動する治癒術を振り撒く。

互いに次の呼吸でぶつかり合う形になる。

先手を取ったのはティコ達だった。

「四方征夷の悪路王、跳梁跋扈の現世、百鬼戯れ因果を壊せ。鈍重の駄馬、湿原の情景、泥濘を駆けて蹄よ沈め、巫剣五ノ型、霊封脚斬」

エリルが術杖の先端から巨大な刃を発生させ、その刃で地面を這うように河馬の脚を斬りつける。刃が河馬の皮膚を切り裂いた瞬間、与えた傷よりも大きい巫術の波が脚全体を通り抜けるように拡がり、河馬の脚を石の塊のように重くする。

脚を封じられた河馬は突撃の構えを解き、無防備な姿を晒したところにヨハンネスとソーレンセンが銃弾と矢を次々に撃ち込む。

「金星(ウェヌス)の老墓守、客人を火酒で持て成せ」

ティコが巨大な炎の渦を圧縮させて、回転を伴う超高温の火球に変えて放つ。火球は河馬の胴体を直撃し、その巨体を揺らしたが致命傷とまでは行かなかったようだ。

「先生、あれを使いましょう!」

ヨハンネスが陣の発生地点に手を着き、陣の維持に全集中力を注ぎ込む。

ティコは地面に蜘蛛の巣のように張り巡らされた陣を掴み上げて、両腕で絡めるように巻き取りながら、陣を破る準備に入った。

方陣は陣を破ってこそ。これはヨハンネスが先達の方陣士から教わった言葉で、張り巡らせて大地の力を得た陣を媒介にした破陣の術こそが、方陣士の術の真髄であると伝えられた。

「力を求める武勇の兵の魂よ、眼前の敵を打ち払え」

ティコが詠唱を終えた瞬間、両腕に絡みついていた陣が粉々に消えて、純粋な力の塊となって目の前の河馬を吹き飛ばす。亜空絞破と呼ばれる方陣士の奥義のひとつで、単純な破壊力は圧縮した星術と並び、しかも敵の弱点を問わない。更に陣を維持することが出来れば連発も出来る為、短時間での効率は圧縮星術よりも数段上を行く。

「もう一発! 力を求める武勇の兵の魂よ、眼前の敵を打ち払え!」

ティコはヨハンネスが維持し、消費した先から修復されていく陣を絡め取り、再び河馬を撃ち抜いた。

「先生、次が精一杯です!」

「十分よ! 力を求める武勇の兵の魂よ、眼前の敵を打ち払え」

河馬の巨体が宙を舞い、3度の強撃を受けて大きく圧し曲がった胴体が鈍い音をさせながら墜落する。さしもの河馬も耐えきれなかったのか、口を開き、胴体の中身を吹き出して絶命した。

「あなた、いつのまに方陣まで覚えたの?」

「破陣の術だけだよ。火も冷気も雷も駄目な時用に覚えてみたんだけど、なかなか使い勝手がいいね」

エリルはあっけらかんと話すティコに感心しながら、動きを停止したコッペリアに視線を向ける。カタカタと観測装置の内側から音を立てながら、ゆっくりと目を開く。

「再起動完了、探索モードに移行します」

「あんた、大丈夫なの?」

「はい。記憶回路の不具合は修正しました」

機械的に答えるコッペリアに不安を感じながら、エリルはティコに目を向ける。ティコはアンドロの中身はよくわからない、と答え、本人が大丈夫というなら大丈夫なのでは、と返した。

アンドロには深都の技師やオランピアにしかわからないブラックボックス化した部分がある。実のところ、アンドロの大部分の機能はそこに集約され、機兵としての四肢や胴体はそれを乗せる為の器と装備品に過ぎない。噂ではアンドロの素材には人間の脳が使われている、とも聞く。事実、深王ザイフリートは人間の頃の記憶を失い、冒険者の助力もあって取り戻した。オランピアも元は人間だったとの説もある。もしかするとコッペリアも元々は迷宮で命を落とした冒険者だったのかもしれない。

しかし、あくまでも推測で、確たる根拠もない。ティコは再びわからないと答えて、本命のオオヤマネコを探す為に歩を進めた。

河馬の生息地の奥まで進むと、大型の虎の様な山猫がいた。あれがカリスの探していたオオヤマネコだろう。

「いました! あれを倒したらカレも認めてくれるはずデス!」

カリスが意気込んで近づいていく。すこし気負い過ぎな気もするが、カリスが先行してくれるのはティコ達にはちょうどいい。重装備のカリスならオオヤマネコの一撃でも倒れることはない。一方、ティコ達は術士ゆえに軽装の者がほとんどだ。火力に秀でるが守備は脆い。

ティコはカリスと対峙するオオヤマネコを視界に捉えながら、

「金星(ウェヌス)の老墓守、お前の爪に火を灯せ」

掌の上に火球を作り出し、オオヤマネコがカリスに飛び掛かり、一撃加えて間合いを取るために着地した瞬間を狙って、火球を飛ばす。オオヤマネコは火球を避けたが、地面に激突した火球は幾つかの火球に別れて飛び散り、跳躍した魔獣の横腹を撃ち抜く。

その隙を突いてカリスが盾を構えて突進し、弱ったオオヤマネコを見事吹き飛ばした。

「やりました!」

「カリス、今のはよかったよ」

「はい! ありがとうデス!」

獲物を倒したことで自信をつけたのか、カリスは先日よりも堂々とした表情をしている。こうして人は少しずつ成長していくのかもしれない。今は頼りない新米冒険者も、いつの日か大物を仕留めるかもしれない。

ティコ達はもうしばらく同行して欲しいと申し出たカリスを連れて、迷宮を探索し、下層への階段を見つけたところで別れた。

 

地下街のタンブリンの酒場で、アガタは珍しく酒を飲んでいた。

「珍しいのね、普段は一滴も飲まないのに」

剥げ上がった頭にランプの灯りを反射させながら、店主のオカマが空になったグラスに酒を注ぐ。

「嫌な話を聞いただけだ」

「そうだよね、君には嫌な話だよね」

そっけなく呟くアガタの背後のテーブルに、いつの間にか店内に入り込んでいたアザレアがグラスに酒を注いでいる。

「男女の新米冒険者、アーモロードの迷宮によく似た場所、どうしても似ているって思っちゃうよね、君達に」

アザレアが酒を注いだグラスをアガタの前に置き、俯き気味の顔を覗き込む。アガタの顔にははっきりと悲壮感が漂い、じろりと睨み返す目には明確な怒りが宿っている。

アガタがアザレアを手で軽く押し退けて、店主に銅貨を数枚渡して、店の外へと出ていく。

「あなたね、もう少し言葉を選びなさい」

「ねえ、タン。よく聞くでしょ、死がふたりを分かつまでって」

「健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、死が二人を分かつまで愛し合うことを誓いますか。ってやつでしょう。いいわよねえ、あたしも素敵な男と結婚式を挙げてみたいわ」

タンが頭髪とは対照的に立派に生い茂った髭を指で絡めながら、うっとりとおそらく永久に現れないであろう未来の夫に思いを馳せる。無理無理、と野暮な言葉を差し込みながら、アザレアは先程までアガタが掛けていた椅子を見下ろし、鼻で笑うように表情を歪めた。

「死が二人を分かつまで、って言うけど、死んだくらいで分てるなら、世の中今よりもうちょっと平和だよね」

「それは、確かにそうね。あなた、恋もしたことない小娘の癖に、わかったようなこと言うじゃない」

「こう見えても人間大好きだからね。お友達もいっぱいだから、自分の知らないこともわかるのよ」

タンが訝しそうに眉をひそめ、お友達とやらをアガタと先日のティコ以外に見たことがないと呟く。アザレアは人差し指を立てて、どぶねずみの巣にはいっぱいいるんだよ、と説明して、酒場の窓から微かに見える異常に過密増殖した建造物を指さす。

「タンも来てみる?」

「いかないわよ、危なっかしい」

「そうでもないんだけどね」

そう言ってアザレアは銅貨をカウンターに置き、片手を振りながらどぶねずみの巣へと戻っていく。

 

どぶねずみの巣、地下街の中でも外からの光の当たらない場所に建てられた巨大な建造物。元々は衛兵宿舎の様な階層式の住居が集まる場所だったが、上にも横にも建物同士の間にも増築による増築を重ね、その時々に応じて改築を施し、気が付けば原形を留めない程に大きく狭く、更に暗く変貌し、今では同じ地下街の勝手口や揺り籠の住人でさえ足を踏み入れるのを躊躇する危険の巣窟と化した。

その建造物の内部の最奥に、アザレアの暮らす部屋とその周囲にドーバウスやバイパーと称される組織の構成員の住処がある。

「アザレア、お帰りなさい」

「出迎えご苦労、ベルジア。ところで先日連れ帰ったお姫様の具合は?」

「さあ。死ぬことはないのであまり気にしていませんでした」

それもそうだ、とアザレアが苦笑し、とある一室の扉を開く。室内には雑多に残飯やゴミが散らかり、中央に大雑把に置かれた椅子の上に、赤い瞳の黒髪の令嬢が座っている。

「随分と手荒な出迎えですのね、アザレア・シュバルツェン」

アザレアはやれやれと肩を竦めながら、目の前の令嬢をしっかりと見据えた。