世界樹の迷宮X妄想マスタリー雑記 4周目 天球を抱える星術士

思い付きでつづる妄想マスタリーも4周目ですって奥様

Ⅳ 泥中の魔魚と新米ギルドと元冒険者

「やあ、アガタ。昨日はご苦労様だったね」

ギニア市街地と接する地下街の入り口、通称勝手口で休息を取っていたアガタに、地下街最奥の咎人の過密地帯、通称どぶねずみの巣から出てきたアザレアが笑顔で挨拶する。

知り合って数年になるが、未だにこの赤髪の少女は底が見えない、というか奥底に蛇のような猛毒を飼っている気配が、警戒と緊張を僅かに強めさせる。休息時には出来れば会わずに済ませたい人物ではあるが、どぶねずみの巣の住人の中で唯一気軽にあれこれと情報を教えてくれるのもまた彼女一人しかいない。

アガタは、そうでもないさ、と一応の返事を返し、他人の住居の間に吊るした簡易的なハンモックから降りる。

「ところでアガタ、君が気に掛けていたマギニアの新米冒険者のカリス、魔魚シルルスにひとりで挑むそうだよ。相棒のロブも慌てて追いかけたようだけど、追いつくのに時間が掛かるだろうね」

「勘違いしているようだから言っておくが、俺は誰でも彼でも助けに行くような頭の壊れた善人でも神様でもない。自殺行為まで面倒見切れるかよ」

アザレアはにやりと笑みを浮かべて、両手の人差し指を立てて、アガタの目の前で交差させ、手遊びのように絡めた後、すっと左右に引き離し、右手の親指を折り曲げる。

「魔魚を前に怖気づいたカリスか、追いつけずに適度に負傷して諦める理由を見つけて撤退したロブか、運が良ければ片方は生き残る。そしていつまでも悔やむんだよ、自分の行動の何が間違っていたのか、どうしてこんな結果になったのか、ってね。そう、君みたいに」

アザレアの言葉が終わった瞬間、アガタが目の前の少女の黒い外套を乱暴に掴む。しかし何時の間に忍び寄っていたのか気配を感じさせることも無く、茶色い髪を長く垂れ流した青年ベルジアと複数のドーマウスの手練れがアガタを取り囲み、その喉元に冷たい感触をぴたりと押し当てる。

「ごめんごめん、今日は獲物の数が多いから護衛付きでね。ベルジア、放してあげて。アガタも悪気があったわけじゃないんだ。ちょっと頭が沸騰しちゃっただけだよ」

「わかりました。アガタ君、乱暴はいけませんよ」

アガタが外套から手を離すと、ベルジアも喉元に押し当てていた短剣を仕舞い、他の手練れもそれぞれ獲物を懐に戻す。アザレアは外套の皺を伸ばすように何度か手で摘まんで引っ張りながらアガタに笑顔を向け、

「結末を見届けたら、タンのところで宴会でもしようよ。私は意外と全部まるっとうまく収まるような気がしてるけどね」

ベルジア達を引き連れて、掌をひらひらと振りながら立ち去って行った。

 

同時刻、探索司令部から出たティコ達はペルセフォネから下された任務を半ば仕方なく引き受け、カリスを追って共に魔魚シルルスを討伐することになった。

「ねえ、エリル。カリスはなんで焦ってるんだろう?」

「あなた、そんなこともわからないの。大事な彼に認められたいからに決まってるじゃない」

「でも、今すでにロブから認めてもらえないのに、魔魚を倒して認めてもらおう、って無茶苦茶じゃない?」

「体を張ってでも認めてもらいたいのよ。それが恋でも、友情でも、家族の情愛でも、そういう時が人生で1回や2回はあるものよ」

エリルは溜息を吐きながら、首を傾げている従姉妹に説明する。しかしこの従姉妹が理解しないであろうことはすでに承知しているし、未熟な自分を認めてもらおうと躍起になるカリスの気持ちは、かつての巫医になると決めた自分と重なって、痛い程によくわかる。自分も隣で呑気な顔をしている従姉妹に認めてもらいたくて、一生背中を見つめ続けるだけになりそうな占星術師の道を諦めて、別角度から心を掴もうと巫医の道を選んだのだ。だから気持ちは我が身のように理解できる。

「置いて行かれるくらいなら、身体を張ってでも並んでいたいものなのよ」

「エリルもそうなの?」

「私は違うわよ! 占星術師よりも巫医の方が、より人の役に立ちそうだから選んだだけで」

ティコは、ふうんと呟いて、そんなことよりカリスを早く追いかけないとね、と踵を返してハウメアのいる建設中の図書館に足を延ばした。

ミズガルズ・ウラニブルグ共同図書館はどうにかこうにか完成の兆しを見せ、ハウメアが額に汗を浮かべながら陣頭指揮を取っている。ここに来た理由はふたつ、ひとつはミズガルズ図書館の技師にコッペリアの調整を頼んでいること。もうひとつはコッペリアの不具合が解消されなかった場合に、ハウメアを連れて行く段取りをつけること。

「すまないね、ティコさん。俺もアンドロにはかなり詳しいと自負してはいるが、ブラックボックスの中身まではどうにも出来ない」

技師はブラックボックス化したアンドロの思考回路を司る部位に、仮に人間の脳が使われているとしたら、先日の不具合は生前の記憶による影響だと思う、しかしこればかりは手の施しようがない、と語った。

「手足や胴体には何の異常も無い。各部への伝達も問題ない。ティコさん、この子は俺じゃなくて人間の医者に見せてやるべきかもしれないな。ほら、あるだろ。記憶やトラウマを払拭させるような医術が」

確かにそういう治療法もなくはない。治癒術に詳しいソーレンセンから聞いたこともある。アンドロの技師の手に負えない部分であるならば、人間の医者や他の種類の治療法を試してみるべきかもしれない。

ティコは礼を述べて、引き続きコッペリアはしばらく待機させることにした。通常の探索なら不具合も然程問題にならない、むしろ多少の不具合を差し引いてもコッペリアの火力は有用だが、今回のように他人の命が左右されそうな場合は安定した戦力を求めたい。

しかしハウメアも図書館完成を目の前にした繁忙期にあり、この1週間程、ほとんど休息らしい休息を取っておらず、とてもではないが迷宮に連れていける状態ではなかった。申し訳なさそうに詫びるハウメアに、回復薬を渡して、あまり無理しないように、と告げて図書館を後にした。

「私とあなたと、ヨハンネスとソーレンセン、カリスを加えたら5人。一応パーティーの形にはなるわね」

「なるけど、カリスを戦力に数えるのちょっと不安なんだよね。即席パーティーだと連携も取れないし、ちょっと前のめりになってるでしょ」

前衛を務められるコッペリアハウメアがいれば話も変わってくるが、今現在、冷静さを失った重騎士を守れる類の者はいない。せめて前衛でなくても冷静に戦況を見極めれる者がいればいいのだが。

「だったら、カレドニア兵かゴダム重装兵に声かけてみたら?」

「あの二人、別の冒険者に頼まれて密林の採集の護衛に行ってるんだよね」

「肝心な時に」

フリーの傭兵なんてそんなもんだよ、とティコは憤るエリルを宥め、しかし今のままカリスと共闘するには不安が多いと頭を抱えていると、前方から表情に焦りと決意めいたものを浮かべたアガタが駆けてくる。

「ティコ、俺も連れていけ!」

ティコが予想外の来客に目を丸くしていると、アガタはその手を掴んで、早くカリスを追いかけるように促した。

 

アガタは内心焦っていた。知りもしない冒険者のことなど知ったことではない。それでも死人は少ない方がいいに決まっているし、後悔する者なんて増えない方がいい。自分と似たような後悔を抱える前に、新米冒険者もその相棒もまだまだ出来る事があるはずだ。そんな焦りを抱いたアガタを先頭に急いで迷宮を駆け抜けていくと、ロブが魔物相手に苦戦を強いられていた。

木星(ユーピテル)の楽師、その手の弦器(ガリゾーナ)を掻き鳴らせ」

ティコが術杖から雷を放ち、ロブの周りを囲んでいた魔物を一掃する。カリスの無謀を後押しする憎しみさえ抱いていた相手に助けられたことが不服だったのか、ロブは礼を言う前に負傷した身体に精一杯の力を込めてティコに掴み掛かり、なぜカリスをひとりで行かせたのかと責め立てる。

そのカリスを助けに来たのだと告げると、複雑そうに視線を斜め下に向け、もう立ち上がる気力も残っていないのか思った以上に怪我が重いのか地べたに座り込み、積もりに積もった心の澱を吐露し始めた。

ロブとカリスは海都アーモロードの孤児で、年も一緒だった為に姉弟のように育てられた。比較的孤児に対しての偏見の無い土地ではあるが、それでも孤児を理由に苛める者も見下す者もいないわけではない、当時から背の低い小柄なロブをカリスは守り続け、そのせいで未だにカリスはロブを守ることを自分の役目だと思い込んでいた。しかし樹海の危険は子どもの喧嘩とは比較にならない程の危険を伴う。カリスの身を案じたロブは一緒に行くべきではないと突き放し、もっと強くなって認めてもらおうと空回りしたカリスは魔魚の為に迷宮の最奥へと向かった。相手を思いやる不器用な気持ちが裏目に出てしまったのだ。

悔しそうに俯くロブの肩をアガタが掴む。

「わかった、カリスのことは俺に任せろ!」

「あんたは?」

ロブの問いかけに答えることなく、アガタは湿地を越えて、更に奥へと走っていく。呆気に取られるロブに、ティコは応急処置を終えたら追ってくるように声を掛け、そのままアガタを追いかける。

1時間ほど進んだ先で、カリスが扉の前に座り込んでいる。不安そうな顔をしていたが、ティコの顔を見て少しだけ明るさを取り戻し、ロブに認めてもらうために魔魚の討伐に来たものの、ひとりでは無理だと途方に暮れていたのだそうだ。

「ロブからの伝言だ。お前を危険に晒したくない、だから迷宮には連れて行かなかったんだ、とな」

アガタがカリスにロブの真意を伝えると、カリスの顔が喜びと悲しみの混じった複雑な表情へと変わる。危険を遠ざけたいロブと危険を承知で一緒に居たいカリス、二人の思惑はすれ違いを続け、大きな不幸を呼び寄せるところだった。

「お前達は一度しっかりと話し合った方がいい。無茶する前にお互いが納得するまで話をしろ」

アガタがカリスに叱るような言葉を投げかけ、魔魚は俺達がどうにかすると宣言した。

それでもロブに認めてもらうために一緒に戦うと申し出るカリスに、絶対に無理はしないようにと約束させ、魔魚の潜む生息地への扉を開く。

巨大な鯰の姿をしっかりと見据え、アガタが独り言のように、しかし周りにも語り掛けるように呟く。

「魔魚シルルス。俺達もかつて似たような魔魚ナルメルと戦った」

アガタが魔魚に斬り掛かる。繰り出される魔魚の鰭を避けて、真上から逃げ場なく毒霧を浴びせ、刀の柄を頭に撃ちつけて魔魚の動きを止める。

「あの頃は海都の英雄と呼ばれることになる冒険者の後ろに隠れていたが、もしあの時に楽をせずに、自分達だけで勝てるまで地道に力をつけていれば、未来は少しは変わったのかもしれない」

アガタが刀を振るい、魔魚の鰭を斬り飛ばす。その奮戦の背後でティコがヨハンネスの張った陣を絡めながら、亜空絞破を何度も撃ち込む。弱点の定かではない魔魚には今考えられる中で最も有効な手段だ。魔魚の体を何度も揺るがしながら、その身を少しずつ削り飛ばしていく。

「もし俺がひとりで先走っていなければ、あいつと話し合って決めていれば、だがそれはもしもの話でしかない。俺の過去はどうしたって変わらない。だがお前達は違う。まだ未来はいくらでも決められる。ちゃんと向き合って二人で決めろ」

泥中に潜る魔魚目掛けて、アガタが含み針を飛ばして四方八方に攻撃を仕掛ける。その直後に大きな地震に襲われるが、それでも倒れずに再び姿を現した魔魚に刀を振るう。

「いいか、俺のようにはなるな! 一生後悔するぞ!」

深手を負った魔魚がしつこく食い下がるアガタを吹き飛ばす。その直後の無防備な姿をティコの目が捉える。

「失われた原始惑星(テイア)よ、空に境界を、大地に楔を、星神招いて世界を巡れ」

術杖を握る両手に集束した元素が炎と氷柱と放電の形を取り、互いを相殺しないように複雑に絡み合い、かつてない程に巨大な球となり、眼前に拡がっていくように多層多重の波となって魔魚へと放たれる。

魔魚の体が二度三度と力の波に襲われ、アストロサインが通り過ぎた後には胴体を吹き飛ばされた魔魚が、無残な姿を晒して地面に転がっていた。

「やるな、アストロラーベ。それにカリスも無事だったようだな」

ようやく追いついたロブがカリスの無事を確認して安堵の表情を浮かべる。その直後、最後の力を振り絞った魔魚の鰭がロブへと迫る。

「危ない!」

ロブと魔魚の間に飛び込んで、カリスが魔魚の鰭を受け止める。魔魚はそのままゆっくりと絶命し、今度こそ力尽きる。

「皆さんのおかげでアタシは強くなれたデス。だからこれからはロブと一緒に冒険がしたいんデス!」

これまでずっと一緒に育ってきたロブを、遠い場所で心配しか出来ないのなら庇って死んだ方がマシなのだとカリスは泣き崩れる。この調子だと今後も無茶な行動を繰り返すだろう。ロブがカリスと一緒に冒険者となるか、一緒に引退して市街地で商人にでもなるかしない限りは。

「俺はひとりで強くなろうとした。お前を守れるくらいに強くなったら、迎えに行こうと思っていた……わかった、これからは一緒に行こう」

ロブは泣き崩れるカリスの手を取り、目の届かない場所で無茶をされるよりは安心だからなと照れくさそうに呟いた。

 

こうして新米冒険者の痴話喧嘩めいたすれ違いは、考えうる限り最良に近い形の結末を迎えた。負傷して宿屋に運ばれたアガタの元に、此度の働きを耳にしたペルセフォネから特別な報酬が届いたのは数日後のことである。