世界樹の迷宮X妄想マスタリー雑記 4周目 天球を抱える星術士

思い付きでつづる妄想マスタリーも4周目ですって奥様

Ⅳ 例えばひとつのこんな結末

魔魚との死闘を終えて戻ってきたアガタのもとに、探索司令部に出頭するように伝言が届いた。担ぎ込まれた冒険者御用達の宿屋〈湖の貴婦人亭〉の待合室に訪れた衛兵に、出来れば行きたくない旨を伝えると、そういうわけにはいかないので顔だけでも出してくれと頼まれ、仕方なく探索司令部へと向かう。ジェイルロックの連中と一緒に勝手に乗り込み、地下街に住み着いている手前、あまり大っぴらに市街地を歩くのは気が引ける。探索司令部に踏み込むなど以ての外なのだが。

アガタがせめてティコ達アストロラーベの誰か同行してくれないものかと、クワシルの酒場に顔を出すと、彼女たちはスノードリフトの討伐に向かったよ、と酒場主の飄飄とした口調で説明され、仕方なく独りで行く覚悟を決めた。

そんなアガタの前に、アストロラーベの外見的には人間と変わらないアンドロが街路樹の陰からひょいっと顔を出す。

「お前は確か……」

アガタとコッペリアは皆無と言っても差し支えない程に面識がなかった。唯一接触したのは密林から脱出した時、その時も会話を交わすことも無く、ティコ達が合流した二人組の片方がこんな姿だった気がする、程度でしかない。

「ティコは狼の巣に行ったんだろ? どうした、留守番か?」

「あなたに用があって来ました」

コッペリアがアガタのすぐ傍にまで歩み寄り、頭一つ以上小さい位置から見上げてくる。その瞳からは何故だか懐かしいものを感じる。しかしその感覚が何なのか、今のアガタにはわからない。海都の冒険者と似た姿をしているから、懐郷病のような感覚なのかもしれない。そうだ、落ち着いたら久しぶりに海都に戻ってもいいかもしれない。海底の迷宮の中、古代魚の巣だった恋人とその父親が亡くなった場所に作った墓も5年も放置したままだ。

アガタが呆然とそんなことを考えていると、コッペリアがその手を取り、探索司令部へと引っ張っていく。

「俺に用があったんじゃないのか?」

「まずはペルセフォネ様からの呼び出しが先です」

相応に整った顔の手を繋がれたまま歩くのも気恥ずかしいが、無碍に振りほどくのも悪いと思ったアガタは、そのまま市街地の道を進んでいく。

「懐かしいですね」

「なにが?」

「以前、こうしてアーモロードの街を歩いていた記憶があります。あなたと二人で」

アガタは海都にいた頃の記憶を探り、身に覚えがない事を確かめて、

「俺と? 人違いだろ、シノビなんてどいつもこいつも似たような顔してるからな」

コッペリアの勘違いか誰かと間違えているのだ、と告げた。

しかし不思議と懐かしさはある。そういえば冒険者になる前、あいつとこんな風に歩いたこともあったな、と思い出す。あの頃はよかった、自分もあいつもまだ幼くて、あいつも父親も迷宮で命を落とす前で、漠然とした迷宮への憧れと将来への期待だけが膨らんでいた。

アガタの目から一筋の涙が毀れる。その水滴を観測したコッペリアが、隣で足を止めるこの顔を見上げると、実際の年齢よりも随分幼く見えるアガタの表情が視界の飛び込んでくる。

コッペリアが寸足らずな背丈で手を拡げて、アガタの腰の辺りにしがみつく。

「……なんだよ」

「いえ、人間は悲しい時にこうしてもらえると気が和らぐと聞いたので」

「そうか。ありがとうな」

アガタはコッペリアの頭を優しく撫でながら、ぽつりと帰りたい、と呟いた。ああ、自分は帰りたかったのだ。あのまま海都にいても死んだ恋人に顔向けできないと思っていた。だから一人でも多くの冒険者を助けようと見ず知らずの者を何人も、何十人も助け続けた。でも本当はそんなことをしたいわけではなかった。いつまでも満たされることのない冒険なんて、もう終わりにしたい。あいつの生きていた頃に帰りたい。

「カナエに会いたい」

アガタの目から一筋二筋と涙が毀れる。落ちてくる雫に僅かに髪を濡らしながら、コッペリアはアガタを抱きしめる腕に力を込める。

「私もずっと会いたかったよ、アガタ」

コッペリアがそう呟いて、アガタの胸に顔を埋め、一瞬思考を止めて、再び顔を上げる。アガタもその言葉に驚いて、コッペリアの顔を見下ろす。

「思い出した。私ね、古代魚の巣で死んだ後、深都の機兵達に拾われたの。あの迷宮で死んだたくさんの衛兵と一緒に」

コッペリアは肩につけた観測装置から歪な音を立てながら、深都の機械兵アンドロとして蘇ったこと、すべてのアンドロが元は人間で、例外なく全員が生前の記憶を忘れてしまう。その時に奥底に残った生前の記憶とアンドロとしての記憶回路に矛盾が生じて、この間のような不具合を起こしてしまうことを、堰を切ったように語った。

「ごめんね、すぐにアガタのことを思い出せなくて」

「謝るのは俺の方だ。俺があの時、先走ったりしなかったら……」

アガタはコッペリア、今はカナエと呼ぶべきかもしれない機兵の少女に縋る様に抱き着き、これまで流せていなかった分の涙と押し殺していた感情を垂れ流すように泣いた。

その姿はあまりに悲痛であったが、いつまでもそのままにしておくわけにもいかない。探索司令部に来ないアガタを気にして、迎えに来たオリバーとマルコが大袈裟に咳払いをして、アガタとカナエに声を掛ける。

「ああ、なんだ、その。取り込み中悪いんだが、ペルセフォネ王女が待ちくたびれていてな」

「すまないね。待ってあげたいところだけど、王女がお待ちかねでね。アガタ、王女はレムリアでの君の行動を高く評価しているそうだ。事実、君は多くの冒険者の命を救った。レオにカリス、ロブ、他のギルドや衛兵達、それに僕とオリバーのもね。ギルド長のミュラーも君に感謝していたよ」

オリバーとマルコの背後から、アガタの到着を待ちかねたのかカリスとロブ、それにレオが姿を現す。

「当然アタシ達も感謝してるデス! ね、ロブ!」

「ああ、そうだな。あんたにはこいつを助けてもらった恩がある」

「ボクもだよ。あなたとアストロラーベがいなかったら、ボクもシリカさんも生きて帰れなかったかもしれない」

次々と掛けられる称賛の言葉を受け止めるアガタを見ながら、カナエは微笑みを浮かべてその顔を見上げる。

「立派になったね、アガタ」

立派なものか、と否定の言葉を吐こうとしたが、彼らの後ろから甲冑に身を包んだペルセフォネ王女と護衛の衛兵達が歩いてくるのが視界に入り、アガタはカナエを自分の後ろに下がらせる。

地下街の人間が表に出るのは基本的にはご法度だ。アザレアや自分のようにこっそりと出ていく者もいるが、あくまで勝手に見つからないように、というのが地下街の住人達の共通の認識だ。特にどぶねずみの巣と彼らに関わりのある者は厳しく罰せられる、と耳にしたこともある。衛兵の言葉を信じるのであれば厳罰までは下されないだろうが、見つかったからには相応の罪に問われる可能性もある。

「汝がアガタか」

ペルセフォネの問いに静かに頷く。

「我はペルセフォネ。汝は我らが招集した冒険者ではないそうだが、此度の、いやマギニアがこの地に上陸してからのこれまでの働き、司令部は高く評価している。そこで我らは汝を冒険者として認め、マギニア市街地での行動の自由とギルドへの登録を認めることとした。これからも励むがよい」

ペルセフォネはそう告げて、くるりと身を翻して探索司令部へと戻っていく。

その言葉を聞いて、オリバーとマルコがアガタに笑顔を向ける。

「これからは競い合うライバルになるわけだ。いつか恩返しをしねえとな」

「そうだね。アガタ君、僕達でよければいつでも頼ってくれ」

有難い申し出だ。海都を出る頃には心ない冒険者から、未熟な連中が無茶をした結果だ、とか、どうせ仲間を置いて一人だけ逃げてきたくちだろう、等と揶揄されることもあったが、今こうして冒険者としてそれなりの評価を得ていることは素直に喜べる。これだけでも今までの行動に意味があったと、不甲斐ない自分を慰められる。

「いや、冒険者はもう引退だ。俺はアーモロードに帰る」

アガタはカナエの手を強く握り、帰ろう、ともう一度だけ呟いた。カナエはアガタの手を握り返し、静かに頷いた。

 

 

 

 

 

数日後、スノードリフト討伐を終えたティコの前にアザレアが顔を出す。

「やあ、ティコ。少し寂しそうだね」

「そう? アザレアが寂しいって思ってるから、そう見えるんじゃない?」

アザレアが静かに笑いながら、ティコの隣に腰掛け、満点の星々を一緒に見上げる。

「実はそうなんだよね。あーあ、せっかく仲良くなれたのに、今頃アーモロードに帰ってる頃だなんてね。それも挨拶もなしに」

「でも船を出してあげたんでしょ」

ティコがアザレアに視線を投げかける。アガタがカナエを連れて、レムリアからもマギニアからも離れると聞いたアザレアは、大急ぎで船と周辺の海図、外洋の航路図を用意した。勝手口の元難民が持ち込んだものだが、比較的頑丈で海流に逆らわずに時間を掛けて進めば、難破せずに外海まで出れるだろう、との折り紙付きの代物だ。

「海都に帰るって聞いたからね。いざという時の脱出用の船を一隻ね。虎の子の船だったんだよ、おかげで勿体無いってどぶねずみのお姫様がお冠だよ」

「大変だね。ん? 地下街ってお姫様がいるの?」

アザレアが一瞬、しまったという顔をしたが、すぐに構わないかと開き直り、どぶねずみの巣に暮らす姫の話を聞かせてくれた。

かつてレムリアには不老不死を研究する者がいた。世界各地の様々な伝承をヒントに、人を不老不死に近づけたいと考えた男は、病で今にも寿命が尽きそうな娘の為に研究を重ね、古代レムリアに伝わる儀式を基にした不老不死の開発に成功した。人の目から働きかける未知の力が角膜を通して全身の細胞を変異させ、限りなく不死に近い吸血鬼のようなものに娘を作り変えた。その変異に使われたのが古代レムリアの科学技術で作った赫き魔眼と呼ばれる透鏡で、レムリアの民が去った後に寿命が尽きようとする男と共に逝くことを選んだ娘は、その力をレムリアの地に眠らせることにした。

しかしそれを掘り起こした一族がいた。偶然レムリアに流れ着いた一族は赫き魔眼を発掘し、当時の唯一の失われた国の王の末裔に献上した。まだ幼さの残る姫は魔眼の力で苦境の中でも生き残り、世界各地を流れ、各地のまつろわぬ民と寄り添って暮らし、やがてマギニアへと流れ着いた。その異形を恐れた当時のマギニアの王は姫と民たちを地下へと追いやり、やがて地下には着陸した先々で忍び込んできた流民や難民が住み着き始め、ついには巨大なスラムを建設するまでに至った。そして自衛の為の、姫と不死の力を守るための組織を作った。それがヴェノム、或いはバイパーやドーマウスと呼ばれるアザレアたちの属する名も無き組織なのだ、と。

「その姫がね、アザレアばかり勝手なことをして不公平だ、たまには自分も外に出てみたいって我儘を言い出してね」

アザレアは溜息を吐いて、姫が魔眼の力の代償で、日の光に当たると見る見る内に衰弱して、全身が火傷していくのだと説明した。日の光の下に放置し続けると、それこそ死んでしまうかもしれないのだと。

「だから先日も、頭を叩き割って連れ戻したんだけど。また外に出るって聞かなくて、困ってるんだよね」

「頭を叩き割ったの?」

死なないからね、とアザレアはさらりと返事をし、姫はどぶねずみの巣の住人達に取って大事な存在なんだ、と呟いた。

「だから夜の間だけっていう条件で、しばらく迷宮に連れて行ってあげようと思うんだよ。どうせそのうち飽きてくれると思うから」

ティコは話を聞いているうちに、その姫に興味を持たざるを得なくなった。不死で、長寿で、人間とは違う命と体質の持ち主。貪欲に知識を求めるティコの興味を引かないわけがない。

「ねえ、アザレア。どうせなら一緒に探索してみない?」

ティコはアザレアに、好奇心に満ちた目で提案したのであった。